UAEでは2018年1月から付加価値税が導入され、多くの取引に5%の標準税率が適用されています。しかし、すべての取引で供給者がVATを徴収するわけではありません。特定の取引については、リバースチャージメカニズムという特別な仕組みが適用され、VAT納税の責任が供給者から購入者へ移転します。本記事では、UAE VAT法におけるリバースチャージの仕組みや適用対象、申告方法について詳しく解説します。
リバースチャージメカニズムの基本概念
リバースチャージメカニズムとは、通常の取引とは異なり、VATの納税義務が供給者から購入者に転嫁される仕組みを指します。通常の取引では供給者が顧客からVATを徴収し、それを連邦税務局に納付しますが、リバースチャージが適用される場合は、購入者自身がVATを計算し、自己申告する義務を負います。
この仕組みの最大の特徴は、実際には現金の移動が発生しない点です。購入者はVAT申告書においてアウトプットVAT(売上に係る税額)とインプットVAT(仕入に係る税額)の両方を同時に計上するため、課税対象の事業活動に使用する場合は、結果的にVATの支払額はゼロになります。
UAEでは、連邦法令第8号(2017年)の第48条がリバースチャージメカニズムの法的根拠となっており、課税対象者が事業目的で関連する物品やサービスを輸入する場合、自らに対して課税供給を行ったものとみなされ、すべての税務義務を負うと規定されています。
リバースチャージが適用される主な取引
リバースチャージメカニズムは、UAE VAT法において複数の取引類型に適用されます。主な適用対象は以下の通りです。
海外からのサービスの輸入
UAE国外に所在する供給者から、VAT登録事業者がサービスを受ける場合、リバースチャージが適用されます。具体的には、コンサルティングサービス、ITサービス、ソフトウェアライセンス、マーケティングサービスなどが該当します。
この場合、海外の供給者はUAEでVAT登録をしておらず、VATを請求書に記載しません。代わりに、UAEの受領者が自らVATを計算し、VAT申告書に記載する義務を負います。ただし、供給地がUAEであることが前提条件となります。
海外からの物品の輸入
UAE国外から物品を輸入する場合も、リバースチャージの対象となります。この場合、輸入者はUAE税関での通関手続きの際に、5%のVATを計算し、自己申告します。
指定区域(Designated Zone)から本土への物品の移転
UAEには税務上国外とみなされる指定区域(フリーゾーン)が存在します。指定区域から本土(メインランド)へ物品を移転する場合、受領者は輸入とみなし、リバースチャージによりVATを処理します。
貴金属および宝石の国内B2B取引
2024年2月26日から施行された閣議決定127号により、貴金属および宝石の国内企業間取引にリバースチャージが拡大適用されています。対象となる貴金属は金、銀、プラチナ、パラジウムで、宝石はダイヤモンド(天然および合成)、真珠、ルビー、サファイア、エメラルドです。
この仕組みは、VAT詐欺を防止するために導入されたもので、供給者はVATを徴収せず、購入者が自己申告します。ただし、貴金属や宝石の価値が製品全体の価値の50%を超えることや、購入者が再販売または製造目的で使用すること、購入者が事前に書面で宣言書を提供することなどの条件を満たす必要があります。
電子機器の国内B2B取引
2023年10月30日から、閣議決定91号により、スマートフォン、タブレット、コンピュータ、およびそれらの部品などの電子機器の国内B2B取引にもリバースチャージが適用されています。これは欧州で一般的なVAT詐欺対策と同様の措置で、売り手と買い手の両方がUAEでVAT登録されており、デバイスが再販売または製造に使用される場合に適用されます。
石油・ガス関連の特定取引
原油、精製油、未処理または処理済みの天然ガス、純粋な炭化水素などの石油・ガス関連取引についても、VAT法第48条第3項に基づきリバースチャージが適用されます。
| 適用対象 | 具体例 | 適用税率 | 根拠法令 |
|---|---|---|---|
| 海外からのサービスの輸入 | コンサルティング、ITサービス、ソフトウェアライセンスなど | 5%(標準税率) | 第48条第1項 |
| 海外からの物品の輸入 | 海外サプライヤーからの商品仕入れ | 5%(標準税率) | 第48条第1項 |
| 指定区域から本土への物品の移転 | フリーゾーンからメインランドへの商品移動 | 5%(標準税率) | 関連規定 |
| 貴金属の国内B2B取引 | 金、銀、プラチナ、パラジウム、ダイヤモンド、真珠、ルビー、サファイア、エメラルドなど | 5%(標準税率) | 閣議決定127号(2024年) |
| 電子機器の国内B2B取引 | スマートフォン、タブレット、コンピュータ、関連部品など | 5%(標準税率) | 閣議決定91号(2023年) |
| 石油・ガス関連の特定取引 | 原油、精製油、天然ガスなどの取引 | 5%(標準税率) | 第48条第3項 |
リバースチャージ適用の要件
リバースチャージメカニズムが適用されるためには、いくつかの要件を満たす必要があります。
受領者がUAEでVAT登録されていること
リバースチャージは、受領者がUAEの連邦税務局でVAT登録をしている課税対象者である場合にのみ適用されます。VAT未登録の事業者や個人消費者には適用されません。
供給者がUAE国外に所在すること(輸入サービスの場合)
サービスの輸入に関しては、供給者がUAE国内に恒久的施設や居住地を持たないことが条件となります。供給者がUAE国内に拠点を持つ場合は、通常のVAT課税が適用されます。
事業目的での使用
輸入されるサービスや物品は、課税対象の事業活動に使用される必要があります。私的利用や免税事業に使用する場合は、インプットVATの控除が制限されます。
供給地がUAEであること
サービスの供給地がUAE国内であることが前提条件です。供給地の判定は、サービスの性質や契約内容に基づいて行われます。
貴金属・電子機器の場合の追加要件
貴金属や電子機器の国内B2B取引については、購入者が再販売または製造目的で使用すること、事前に書面で宣言書を提供すること、供給者が購入者のVAT登録を確認することなどの追加要件があります。
VAT申告書(Form 201)での記載方法
リバースチャージ対象の取引は、VAT申告書Form 201の特定のボックスに記載する必要があります。
Box 3:リバースチャージ対象の供給
海外からのサービス輸入や、国内のリバースチャージ対象取引(貴金属、電子機器等)の純額を記載します。UAE税関に申告していない物品の輸入もこのボックスに含まれます。記載された金額に対して5%のVATが自動的に計算され、アウトプットVATとして扱われます。
Box 6:UAEに輸入された物品
海外から輸入した物品でUAE税関に申告したものを記載します。こちらもアウトプットVATとして計上されます。
Box 10:リバースチャージ対象の仕入れ
Box 3、6、7で申告したVATのうち、仕入税額控除が可能なものを記載します。完全に控除可能な場合は、Box 3で計上したのと同額のVATをここに記載することで、結果的にVATの支払額はゼロになります。
一部のみ控除可能な場合は、控除可能な割合に応じた金額のみを記載します。
| ボックス番号 | 項目名 | 記載内容 | 処理方法 |
|---|---|---|---|
| Box 3 | リバースチャージ対象の供給 | 海外からのサービス輸入、国内のリバースチャージ対象取引(貴金属、電子機器等) | 純額を記載し、VATを計算(アウトプットVAT) |
| Box 6 | UAEに輸入された物品 | 海外から輸入した物品でUAE税関に申告したもの | 純額を記載し、VATを計算(アウトプットVAT) |
| Box 7 | 対象外の供給 | 課税対象外の取引 | 該当する場合に記載 |
| Box 10 | リバースチャージ対象の仕入れ | Box 3、6、7で申告したVATのうち、仕入税額控除可能なもの | 仕入税額控除可能な金額とVATを記載(インプットVAT) |
税務インボイスの発行義務
リバースチャージが適用される場合、原則として購入者は自分自身に対して税務インボイスを発行する義務があります。これはアウトプットVATの証拠書類として、またインプットVATの控除を受けるために必要です。
ただし、連邦税務局の公的明確化文書VATP044によれば、以下の条件を満たす場合は自己発行の税務インボイスが不要とされています。
まず、海外の供給者から受け取った請求書に、VAT法で定められたすべての必須項目が記載されている場合です。次に、再保険業など特定の業種では、正式な税務インボイスの代わりに代替文書が認められる場合があります。
請求書を受け取っていない場合や、請求書に必須情報が不足している場合は、UAE側の受領者が自己発行の税務インボイスを作成するか、連邦税務局から行政上の免除を取得する必要があります。
日本企業への影響
日本企業がUAEで事業を展開する場合、リバースチャージメカニズムは重要な実務上の論点となります。
日本からUAEへのサービス提供
日本の企業がUAEのVAT登録事業者にコンサルティングやITサービスを提供する場合、日本側の企業はUAE VATを請求書に記載しません。代わりに、UAE側の受領者がリバースチャージによりVATを自己申告します。
このため、日本企業は請求書に明確に「UAE VATはリバースチャージ方式により購入者が負担」といった記載をすることが推奨されます。
UAE法人による日本向けサービス提供
日本在住の顧客に対してUAE法人がサービスを提供する場合、日本の消費税法におけるリバースチャージ(国外事業者からの電子サービスの受領)の検討が必要になる場合があります。これはUAE VATとは別の論点ですが、日本とUAEの両面から税務処理を検討する必要があります。
UAE国内での輸入サービス利用
UAE法人が日本企業から会計ソフトウェアやクラウドサービスを購入する場合、UAE VATのリバースチャージが適用されます。UAE法人はVAT申告書のBox 3にこれらの取引を記載し、課税対象の事業に使用する場合はBox 10で仕入税額控除を受けることができます。
リバースチャージ適用時の注意点
リバースチャージメカニズムを適切に運用するためには、いくつかの注意点があります。
適切な記録保持
リバースチャージ対象の取引については、供給者からの請求書、契約書、支払証明書などを適切に保管する必要があります。連邦税務局の監査の際には、これらの証拠書類の提示が求められます。
供給地の判定
サービスの供給地がUAEであるかどうかの判定は、サービスの性質によって異なります。一般的な役務提供サービスは受領者の所在地が供給地となりますが、不動産関連サービスや旅客輸送サービスなどは別の基準が適用されます。
免税事業への使用制限
輸入したサービスや物品を免税事業に使用する場合、インプットVATの控除が認められません。その場合、Box 10への記載は行わず、VATは実質的なコストとして負担することになります。
貴金属・電子機器取引の宣言書
貴金属や電子機器の国内B2B取引では、購入者が供給前に書面で宣言書を提供し、供給者がそれを保管する義務があります。この手続きを怠ると、供給者が通常通りVATを徴収し申告する必要が生じ、取引の流れが変わってしまいます。
申告期限の遵守
リバースチャージ対象の取引であっても、通常のVAT申告期限(対象期間の翌月28日まで)内に申告と納付を行う必要があります。申告や納付が遅れると、罰金や延滞税が課される可能性があります。
まとめ
UAE VAT法におけるリバースチャージメカニズムは、供給者ではなく購入者がVATを自己申告する特別な仕組みです。海外からのサービスや物品の輸入、指定区域からの物品移転、貴金属や電子機器の国内B2B取引など、幅広い取引に適用されます。
この仕組みの最大の特徴は、課税対象の事業活動に使用する場合、実質的なVATの支払いが発生しない点ですが、適切な記録保持や申告書への正確な記載が求められます。特に貴金属や電子機器の取引では、事前の宣言書提出などの追加要件があるため、取引開始前に十分な準備が必要です。
日本企業がUAEで事業を展開する際には、リバースチャージの仕組みを正しく理解し、VAT申告書Form 201の適切な記載や証拠書類の保管を徹底することが重要です。また、日本とUAEの両方の税制を考慮した総合的な税務戦略を構築することで、コンプライアンスリスクを最小化し、効率的な事業運営が可能となります。
UAE VATやリバースチャージメカニズムに関してご不明な点がある場合や、実務上の対応にお困りの際は、国際税務に精通した専門家にご相談されることをお勧めします。当会計事務所では、UAE VAT登録から申告代行、税務調査対応まで、包括的なサポートを提供しております。お気軽にお問い合わせください。
