最近、ドバイ(UAE)へ移住される日本人経営者や投資家の方から、非常によくいただくご質問があります。
「私はドバイの居住者になったので、日本からの配当や利子にかかる源泉税は、租税条約を使って安くなりますよね?」
結論から申し上げますと、この判断は非常に難しく、多くのケースで「個人の場合は適用が認められない(あるいは非常にハードルが高い)」というのが実務上の現状です。
「えっ、UAEと日本は租税条約を結んでいるのに?」と驚かれる方も多いかと思います。
そこで本日は、なぜドバイ居住の個人が租税条約の恩恵を受けるのが難しいのか、その理由と「居住者」の定義、そして実務上の注意点について、専門的な視点を交えながら解説していきたいと思います。
日本・UAE租税条約とは?
日本とアラブ首長国連邦(UAE)の間には、「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とアラブ首長国連邦政府との間の条約」(通称:日・UAE租税条約)が締結されており、2014年12月から発効しています。
通常、租税条約が適用されると、以下のようなメリットがあります。
| 適用メリット | 通常の源泉税 | 条約適用後 |
|---|---|---|
| 配当金への源泉税の軽減 | 20.42% | 10%~5% |
| 利子への源泉税の軽減 | 20.315% | 10% |
| 使用料(ロイヤリティ)への軽減 | 20.42% | 10%~15% |
ドバイに移住された方の多くは、日本に法人を残しており、そこからの配当金を受け取るケースも多いでしょう。その際、通常であれば約20%引かれる税金が10%以下になるのであれば、使わない手はありません。
しかし、ここで「ある壁」が立ちはだかります。
最大の壁は「課税上の住所(Liable to Tax)」
租税条約を適用するためには、そもそも「その国の居住者である」と認められる必要があります。
「私はドバイのビザを持っていて、1年の大半をドバイで過ごしているから居住者だ」と思われるかもしれません。しかし、租税条約上の「居住者」の定義は、ビザの有無や滞在日数だけでは決まらないのです。
日・UAE租税条約の第4条(居住者)には、以下のような要件が定められています。
「一方の締約国の居住者」とは、当該一方の締約国の法令の下において、住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地、事業の実質的な管理の場所その他これらに類する基準により当該一方の締約国において課税されるべき者及び当該一方の締約国又はその地方公共団体をいう。
(出典:日・UAE租税条約 第4条第1項)
ここで最も重要なキーワードが、「当該一方の締約国(UAE)において課税されるべき者(liable to tax)」という文言です。
UAEには個人の所得税がない
ご存知の通り、UAE(ドバイ)には個人の所得税(Personal Income Tax)がありません。
給与も、配当も、キャピタルゲインも、個人レベルでは非課税です(※2025年現在)。つまり、日本の税務当局(国税庁)の解釈としては、以下のようになりがちです。
- 租税条約の居住者になるには、その国で「納税義務(Liable to Tax)」が必要である。
- UAEの個人は、所得税を払う義務がない。
- したがって、UAEの個人は条約上の「居住者」には該当しない。
このロジックにより、たとえドバイに住んでいても、日本からの配当に対する源泉税の軽減(租税条約の適用)が認められないケースが多発しています。
「UAEの居住者証明書(TRC)」があれば大丈夫?
UAEの連邦税務局(FTA)は、個人の居住者証明書(Tax Residency Certificate: TRC)を発行しています。
「UAE政府が発行した証明書があるのだから、これを日本の税務署に出せば認められるはずだ」
そう考えるのは自然ですが、実務上は「TRCがあっても、それだけでは不十分」と判断されるリスクが高いです。
なぜなら、UAEが発行するTRCはあくまで「UAE国内法に基づく居住者」であることを証明するものであり、日本の税務当局が求める「包括的な納税義務を負っていること」を証明するものではないとみなされることが多いからです。
| 項目 | UAE国内法上の居住者 | 租税条約上の居住者 (日本の視点) |
|---|---|---|
| 判定基準 | 滞在日数(183日ルール等)、ビザ、住居の有無 | その国で全世界所得に対して課税されているか |
| 個人の扱い | ビザ保有や滞在日数で居住者認定が可能 | UAEに所得税がないため、居住者認定が困難 |
| 法人の扱い | 法人税導入(2023年〜)により明確化 | 法人税があるため、居住者認定されやすい |
上記のように、法人(Company)については、2023年からUAEでも法人税が導入されたため、「納税義務あり」として租税条約の適用が認められる可能性が高まっています。しかし、個人(Individual)については、依然として厳しい状況が続いています。
租税条約適用が認められる例外ケースは?
すべての個人が絶対に適用できないわけではありません。条約や議定書の解釈によっては、以下のようなケースで議論の余地がある場合もありますが、極めて限定的です。
1. 公務員や政府関係者
条約で明示的に居住者とみなされる場合がある
2. 現地で実質的な事業を行い、何らかの形で課税関係が生じていると主張できる場合
ただし、UAEに個人所得税がない以上、立証は困難
一般の投資家や経営者が、単に「ドバイに住んでいるから」という理由だけで、日本からの配当金にかかる源泉税(20.42%)を10%に下げることは、現状の税制と解釈の下では推奨できない、あるいは否認リスクが非常に高いと言わざるを得ません。
間違った手続きによるリスク
もし、安易に「租税条約に関する届出書」を日本の支払元(自社など)経由で税務署に提出し、源泉税を軽減して納付していた場合、後日の税務調査で以下のリスクが発生します。
源泉徴収漏れの指摘
本来20.42%引くべきところを10%しか引いていなかった場合、差額の徴収を求められます。
不納付加算税・延滞税
不足分に対してペナルティが課されます。
支払元がご自身の資産管理会社である場合、会社側に追徴課税が及ぶことになりますので、特に注意が必要です。
✅まとめ
ドバイ移住は節税メリットが大きいと言われますが、「日本・UAE租税条約」に関しては、個人には使いにくいというのが実務家の共通認識です。
今回のポイントをまとめると以下のようになります。
- 日・UAE租税条約は存在するが、「納税義務(Liable to Tax)」の要件が壁となる。
- UAEには個人所得税がないため、日本の税務当局は条約上の「居住者」と認めない傾向が強い。
- UAE発行の居住者証明書(TRC)があっても、日本では効力を持たないことが多い。
- 安易に条約を適用して源泉税を減らすと、後で追徴課税のリスクがある。
日本からの配当や利子収入が多い方は、租税条約に頼るのではなく、「非居住者として日本国内法に基づき20.42%の源泉分離課税で課税関係を完結させる(確定申告不要)」という整理をするのが一般的かつ安全な実務となります。
個別の事情により判断が分かれる場合もございます。ご自身のケースで租税条約の適用が可能か、あるいはドバイ移住後の税務プランニングについて不安がある方は、ぜひ一度、当会計事務所までお問い合わせください。
