海外への移住を決めたとき、多くの人は新しい生活環境や現地でのビジネス展開について真剣に検討します。しかし意外と見落とされやすいのが、移住に伴う日本側の税務手続きです。良かれと思ってした判断が、後々大きな税務トラブルに発展することも少なくありません。本記事では、ドバイを含む海外移住者が実際に直面しやすい税務問題と、その対策について具体的な事例を交えて説明します。
海外移住時には事前の税務準備が重要です
よくあるトラブル事例1:居住者判定の誤り
事例のポイント
「1年の大半を海外で過ごしているし、生活の本拠も海外にあるから日本の税務から逃れられる」と考える方は多いです。しかし日本の税法では、客観的事実に基づいて居住者か非居住者かが判定されるため、単に住民票を移しただけでは不十分です。
実際の裁判例でも、マレーシアに転居したAさんが、年間1億円以上の収入があるにもかかわらず日本では確定申告をしていなかったケースが問題になりました。税務調査の結果、Aさんが以下の理由から「日本の居住者」と認定されました。
| 判定ポイント | Aさんの状況 |
|---|---|
| 住所 | 日本国内の自宅は引き払わず、家族が居住していた |
| 滞在地 | マレーシアではホテル滞在で、恒久的な住居がなかった |
| 移住の意思 | パスポートとクレジットカード明細から、出国の意図が不明瞭だった |
| 移住理由 | 最終的に、所得税回避目的の形式的な転出と認定された |
| 結果 | 役員給与、配当、海外での収入まで日本で追徴課税された |
対策
移住を検討する場合、日本側で整理すべき資産や事業がある場合は、完全に清算してから出国することが重要です。日本に不動産や事業、親族との生計維持がある場合、税務署は「将来的に日本に戻る可能性が高い」と判断し、居住者と認定する可能性が高まります。
生活の本拠を海外に移すのであれば、単なる形式ではなく、現地での恒久的な住居確保、生活物資の購入、銀行口座の開設、さらには現地での仕事や事業といった実質的な生活環境を構築することが不可欠です。
よくあるトラブル事例2:納税管理人の届出漏れ
これは多くの移住者が陥りやすいトラブルです。出国後も日本で申告や納税が必要な方は、出国日までに納税管理人の届出をしなければなりません。
この届出をしない場合、確定申告の申告期限が「出国日」になってしまいます。通常、確定申告の期限は翌年2月16日から3月15日までですが、納税管理人の届出をしなければ、出国日までに申告を済ませなければならないのです。
| 届出の有無 | 所得税の申告期限 | 相続税の申告期限 |
|---|---|---|
| 届出あり | 翌年2月16日~3月15日 | 翌年3月15日(通常期限) |
| 届出なし | 出国日 | 出国日 |
万が一、出国日までに納税管理人の届出と申告をしなかった場合、以下のペナルティが発生します。
- 無申告加算税:5~30%(状況によって異なる)
- 延滞税:年率2.4%~14.6%(期間に応じて変動)
- 重加算税:35~40%(故意の隠蔽が認定された場合)
これらが複合的に課税されるため、本来納めるべき税金に加えて、最大で「未納税金の70%相当のペナルティ」が加算されるケースもあります。
期限内の手続きが重要です
具体的な手続き
出国予定日が決定したら、できるだけ早期に以下の手続きを進めてください。
- 出国日までに、住所地の管轄税務署に「納税管理人の届出書」を提出する
- 納税管理人として選任する人(通常は税理士や親族)の住所と氏名を記載する
- 出国日までに、国外転出時までの所得について確定申告を完了させる
特に相続や贈与に関する税務がある場合は、申告期限がより厳格に運用されるため、早めの専門家相談が必須です。
よくあるトラブル事例3:出国税(国外転出時課税)の見落とし
1億円以上の資産保有者は要注意
ドバイで起業して日本の自社株を保有している方、あるいは日本で相応の投資資産を持っている方の多くが見落としやすいのが、国外転出時課税(出国税)です。
出国時に以下の資産を1億円以上保有している個人には、出国日時点でのみなし譲渡利益に対して課税が生じます。現状では、不動産や暗号資産は出国税の対象にはなっていません。
- 非上場株式(自分の会社の株式を含む)
- 上場株式・投資信託
- 未決済のデリバティブ取引
- 信用取引の未決済部分
具体例
日本で経営していた会社の株式が時価3億円で、自社株を100%保有していたケースを想定します。
出国時にみなし譲渡が行われた場合
- みなし譲渡益:3億円
- 譲渡所得税(所得税+住民税):約30%
- 支払う必要がある金額:約9,000万円
出国の直前に数千万円単位の課税が発生することになり、キャッシュフロー計画が大きく狂うことになります。
納税猶予制度の活用
ただし、幸いなことに納税猶予制度という救済措置があります。出国日までに納税管理人の届出を行い、一定の担保を提供することで、最長10年間の納税猶予を受けることができます。ただし、納税猶予を申請しなかった場合は、この救済が受けられないため、出国日までにこの手続きを完了させることが極めて重要です。
よくあるトラブル事例4:日本不動産の賃貸・売却時の源泉徴収漏れ
家賃収入への源泉徴収
出国後も日本に不動産を保有し、その不動産を賃貸に出している方は多いです。しかし多くの場合、借主側が源泉徴収義務を理解していないため、源泉徴収漏れが発生しています。
非居住者(海外在住者)が日本の不動産を賃貸する場合、借主は家賃から20.42%を源泉徴収する義務があります。これは個人の借主であっても、法人の借主であっても変わりません。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 家賃(消費税込) | 220,000円 |
| 源泉徴収税額(20.42%) | 44,924円 |
| 実際の振込金 | 175,076円 |
借主側が源泉徴収をしなかった場合、後々になって税務署から過去数年分に遡って徴収漏れを指摘されることがあります。その際、非居住者本人だけでなく、借主側も連帯納付義務を負う可能性があるため、トラブルが広がりやすいのです。
対策
出国前に、不動産の借主や会社の経理責任者に対して、「今後は非居住者への支払いとなるため、源泉徴収が必要になる」ことを明確に通知します。租税条約による軽減税率の適用を検討する場合は、事前に「租税条約に関する届出書」を提出することで、源泉税率を軽減できる可能性があります。
ドバイへの移住時に適切な税務対策が必要です
よくあるトラブル事例5:社会保険と住民税の二重払い
形式要件と実質要件のズレ
住民票を移してしまったものの、実は生活の本拠がまだ日本にあるケースです。この場合、以下のような問題が生じます。
- 住民票を移したため、国民健康保険の加入手続きをしなかった
- しかし実際には家族が日本に残っており、一時帰国時も日本の医療機関を利用している
- 結果として、「どこにも加入していない」という状態になってしまう
また、会社の役員として日本に残り続ける場合、社会保険加入義務が生じる可能性があります。その一方で、海外に移住したため社会保険の手続きをしていないというケースも多く見られます。
これらの不手際は、後々になって自治体やハローワークから指摘され、過年度分の保険料請求につながることもあります。
対策
移住前に、日本での会社役員の身分を継続するか、完全に辞任するかを明確にします。社会保険の適用要件を満たす場合は、会社側で適切な手続きを取り、保険料の負担について事前に合意しておきます。
よくあるトラブル事例6:二重課税とタックスヘイブン対策税制
ドバイ法人設立時の予想外の課税
ドバイで法人を設立して事業を展開した場合でも、その法人の利益が自動的に税金対策になるわけではありません。特に以下のケースでは注意が必要です。
日本の親会社が、ドバイ子会社の株式を50%以上保有している場合、ドバイ子会社が実質的に日本からコントロールされている「外国関係会社」とみなされます。この場合、タックスヘイブン対策税制により、ドバイ子会社の利益の一部(またはすべて)が日本側で課税される可能性があります。つまり、ドバイに利益を移転しても、結果的に日本の高い税率が適用されてしまうということです。
| 状況 | 税務上の結果 |
|---|---|
| ドバイ側の利益:3,000万円 | ドバイの税率9%で納税:270万円 |
| 日本で合算課税された場合 | 日本の税率30%で課税:900万円(-外国税額控除270万円) |
| 実際の総税負担 | 900万円(日本での納税額) |
対策
タックスヘイブン対策税制の適用を回避するには、ドバイ子会社が以下の要件をすべて満たす必要があります。
事業基準:株式投資や不動産賃貸ではなく、実際の事業活動を行うこと
実体基準:ドバイに実際の事務所を設置し、職員を雇用していること
管理支配基準:経営方針や日々の業務判断をドバイで自主的に行っていること
所在地国基準:主要な事業がドバイで実施されていること
単にドバイに名義上の会社を設立するだけでは、これらの要件を満たすことができず、結果として日本での課税回避効果が失われてしまいます。
まとめ
海外移住は人生の大きな決断ですが、税務面での準備が不十分だと、その後の人生に大きな負担をもたらす可能性があります。特に重要なのは、出国日までの手続きの期限です。
納税管理人の届出、国外転出時課税の手続き、住民票の処理といった項目は、一度出国してしまうと後からの対応が難しくなります。さらには、ペナルティの対象となる無申告加算税や延滞税も、早期の対応により軽減できる余地があります。
特にドバイへの移住の場合、日本とUAE両国の税法を理解したうえで、租税条約の活用も視野に入れた総合的な計画が不可欠です。
当会計事務所では、ドバイ移住に関する税務相談を多数承っております。移住前の手続き確認、現地法人設立時の税務戦略、継続的な税務申告業務など、あらゆる段階でサポートさせていただきます。
移住に関する税務の不安やご質問があれば、いつでもお気軽にお問い合わせください。
