ドバイへの移住をお考えの方の中には、税制面での優遇を期待されている方も多いかと思います。確かにドバイは所得税や相続税、贈与税といった個人所得に関連する税制が非常に優遇されている地域です。しかし、日本国籍を保有したままドバイに移住した場合、日本の相続税や贈与税の課税を完全に回避することは決して簡単ではありません。移住前後の対応を誤ると、思わぬ多額の納税義務が生じてしまう可能性もあるため、十分な理解が必要です。
本稿では、ドバイ移住と日本の相続税・贈与税の関係性について、実務上のポイントに焦点を当てて解説いたします。

日本における居住者と非居住者の定義と課税の違い
ドバイ移住に伴う相続税や贈与税の課税関係を理解するためには、まず日本における「居住者」と「非居住者」の定義を押さえておくことが重要です。
日本の所得税法では、居住者とは国内に住所を有する者、または現在まで引き続き1年以上居所を有する個人として定義されています。ここで重要な点として、「住所」とは実は単なる位置情報ではなく、その個人の生活の本拠がどこにあるかを示す概念です。最高裁判所も「生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定される」と判示しており、単に出国して日が浅いだけでは非居住者と認定されません。
住所を判定する際には、職業、資産の所在地、配偶者や子供の同居の有無、国籍といった複数の要素が総合的に考慮されます。ドバイ移住直後であっても、日本での職業や資産が大きく、家族が日本に残っているといった状況であれば、税務当局から「生活の本拠はまだ日本にある」と判断される可能性があるということです。
相続税における無制限納税義務者と制限納税義務者
相続税の課税関係は、所得税における居住者・非居住者の概念とは別の独自の枠組みで判定されます。相続税法では、以下の区分が用いられます。
無制限納税義務者には、相続人が日本に住所を有する場合や、過去10年以内に日本に住所があった日本国籍者などが該当します。無制限納税義務者に該当する場合、全世界の財産が日本の相続税の課税対象となります。つまり、ドバイにある不動産や預金といった国外資産であっても、日本の相続税が課される可能性が高いということです。
一方、制限納税義務者は、海外に居住する相続人で無制限納税義務者の要件に当たらない者として定義されます。制限納税義務者の場合、課税対象は日本国内の財産に限定されます。
| 区分 | 該当要件 | 課税対象 |
|---|---|---|
| 無制限納税義務者 | 日本に住所を有する相続人、または過去10年以内に日本に住所があった日本国籍者 | 全世界の財産(国内外) |
| 制限納税義務者 | 上記以外の海外居住者 | 日本国内の財産のみ |

「10年ルール」の重要性
相続税や贈与税における課税を検討する上で、「10年ルール」は最も重要な概念の一つです。
相続税における10年ルール
被相続人(亡くなられた方)と相続人(財産を受け取る方)の両方が相続開始前10年以上日本に住所を有していない場合、海外資産は日本の相続税の課税対象外となります。この規則を俗に「10年ルール」と呼びます。
ただし、この規則は非常に厳格に解釈されます。例えば、被相続人が過去10年の間に1日でも日本に住所を持ったことがあれば、このルールの適用を受けられない可能性があります。また、相続人についても同様であり、過去10年以内に日本から転出している場合には、その期間が10年に満たないと課税対象となることがあります。
実務上、多くの日本人がドバイに移住した際の転出は比較的最近であり、転出前の10年間は日本に住所があった可能性が高いため、この10年ルールの適用を受けるには慎重な検討が必要です。
贈与税における「一時居住者」の概念
贈与税については、相続税とは異なる判定基準が設けられています。贈与を受ける者(受贈者)が日本国内に住所を有していない場合、原則として課税対象となるのは日本国内の財産のみです。
しかし、より正確には、受贈者が「一時居住者」に該当するかどうかが重要になります。一時居住者とは、贈与時に在留資格を有し、その贈与前15年以内に日本国内に住所を有していた期間の合計が10年以下である者として定義されています。ドバイに最近移住した方であれば、この「一時居住者」に該当する可能性が高く、その場合であっても、贈与を受けた国外資産が課税対象となります。
つまり、ドバイ移住直後にドバイで不動産を贈与された場合、現地では税金がかからなくても、日本側で贈与税の課税対象となる可能性が非常に高いということです。
ドバイ移住と国外転出時課税制度
ドバイへの移住を検討する際には、「国外転出時課税制度」(通称「出国税」)の存在も念頭に置く必要があります。
この制度は、日本の居住者が国外に転出する際、1億円以上の有価証券や投資信託等の対象資産を保有している場合、国外転出の時点で含み益に対して所得税が課税されるというものです。
日本で自社株を保有する経営者やオーナーの場合、会社の株価が1億円を超えているケースが多いため、この制度の対象となりやすいです。またNISAやiDeCoなどの資産運用の流行により、1億円以上の投資信託や有価証券を保有している個人も増加しています。
国外転出時課税制度に該当する場合、転出のタイミングで多額の所得税納付義務が生じるため、ドバイ移住の計画段階から専門家に相談しておくことが重要です。
ドバイでの資産移転と日本の税務判断
ドバイには相続税や贈与税が存在しないため、「ドバイで法人を設立し、その法人名義で不動産を取得すれば、日本の相続税を避けられる」といった誤解を抱く方も多いかと思います。しかし、日本の税務当局はこのような租税回避スキームに対して厳しく対応しています。
個人から法人への不動産移転のリスク
例えば、ドバイに移住した個人が、自身が100%保有するドバイ法人に不動産を移転する場合を考えてみましょう。ドバイでは贈与税や相続税がないため、現地では課税されません。しかし、日本の税法では以下のような課税が生じる可能性があります。
第一に、個人から法人への資産移転は、みなし譲渡として所得税の課税対象となります。個人が時価で評価した不動産を法人に移転した場合、譲渡益に対して日本の所得税が課される可能性があります。
第二に、時価から著しく乖離した価格で移転した場合、その差額が贈与税の課税対象となることもあります。例えば、時価1,000万円の不動産を500万円で移転した場合、差額の500万円が受贈者(この場合は法人)への贈与とみなされます。

租税条約における居住者の判定
日本とUAEの間には租税条約が締結されており、この条約上で「どちらの国の居住者か」の判定基準が定められています。個人の場合、以下の順序で判定が行われます。
① 恒久的住居の場所
② 利害関係の中心がある場所
③ 常用の住居の場所
④ 国籍
実務上、ドバイに恒久的な住居を持ち、事業の中心がドバイにある場合、租税条約上はUAEの居住者と認定される可能性が高いです。しかし、単にドバイに住居を購入しただけでは十分ではなく、実際の経済活動や生活の実態がドバイに移っていることが重要です。
非居住者となった場合の実務上の対応
ドバイ移住に伴い、日本の税務当局から非居住者と認定された場合であっても、複数の実務上の対応が必要になります。
納税管理人の選任と届出
非居住者となった場合、日本側に「納税管理人」を選任し、所轄税務署に届出書を提出する必要があります。納税管理人とは、日本に住所を有しない納税者に代わって、申告書の提出や納税手続きを行う者です。納税管理人がいなければ、相続税の申告期限(相続開始から10か月以内)を守ることが困難になる可能性があります。
国外財産調書の提出義務
非居住者であれば、基本的には国外財産調書の提出義務は生じません。ただし、日本の預金や不動産といった国内資産については、引き続き申告・納税義務が発生することもあるため、慎重な判断が必要です。
ドバイ移住前に必ず確認すべき事項
ドバイ移住を決定する前に、以下の事項について必ず確認しておくことをお勧めします。
- ✓ 移住のタイミングで保有している資産が1億円以上の有価証券等に該当するかどうか
- ✓ 配偶者や子供など生計を共にする家族の居住地がどこになるか
- ✓ 日本での職業や事業の有無、および継続予定の有無
- ✓ 過去10年以内に日本に住所があった期間の合計
- ✓ 被相続人や贈与者の過去10年間における日本の住所の有無
これらの事項を整理した上で、国際税務に精通した専門家に相談することで、無用な税務リスクを回避し、適切な事前対策が可能になります。
結論・まとめ
ドバイは確かに相続税や贈与税が存在しない極めて優遇された税制を有しており、資産の世代間移転の自由度が高い地域です。しかし、日本国籍を保有したまま日本の法制度下にある資産を保有している限り、日本の税務当局は依然としてその資産に対する課税権を有しています。
ドバイ移住による税制メリットを最大限に享受するためには、移住のタイミングやその後の資産管理方法について、日本とUAEの両国の法制度を理解した上で、戦略的に計画することが不可欠です。特に相続や贈与といった資産の世代間移転を予定されている場合には、移住前の段階から専門家のアドバイスを受けることを強くお勧めします。
当事務所では、UAEと日本の両国における国際税務を専門とした税務相談サービスを提供いたしており、ドバイ移住に伴う相続税や贈与税に関するご相談をお受けしております。移住計画の立案から資産管理、相続対策に至るまで、貴社の状況に応じたカスタマイズされたソリューションをご提案させていただきます。ご不明な点やご質問がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
