国際税務の世界において、企業がどの国の居住者として扱われるかという問題は、税負担の大きさを左右する極めて重要なテーマです。特にドバイのような低税率国に法人を設立する場合、「POEM(Place of Effective Management:実効的管理場所)」という概念が大きな意味を持ちます。
この記事では、POEMの基本的な定義から、UAE法人税法における取り扱い、そして日本企業がドバイに子会社を設立する際に留意すべきポイントまで、税務・法務の観点から詳しく解説していきます。
POEMとは何か
POEMとは「Place of Effective Management」の略称で、日本語では「実効的管理場所」と訳されます。これは、企業の重要な経営判断や商業的意思決定が実質的にどこで行われているかを判定する国際的な税務概念です。
企業がどの国に登記されているかという形式的な基準だけでなく、実際にどこで経営が行われているかという実質的な基準で税務上の居住地を判定するために使われます。この概念は、OECD(経済協力開発機構)のモデル租税条約でも採用されており、国際的に広く認知されています。
POEMが重視される背景
企業が低税率国に形式的に本社を置きながら、実際の経営は高税率国で行うという租税回避行為を防止するため、POEMという概念が重視されるようになりました。
例えば、ある企業が税率の低いタックスヘイブンに法人を設立したとしても、その企業の取締役会が日本で開催され、重要な経営判断がすべて日本で行われている場合、実質的には日本で管理されていると判断される可能性があります。この場合、形式上は外国法人であっても、税務上は日本の居住者として全世界所得に対して課税される可能性があるのです。
POEMの判定基準
POEMがどこにあるかを判定する際には、複数の要素が総合的に考慮されます。UAE連邦税務庁(FTA)のガイダンスによれば、以下のような要素が重要な判断材料となります。
| 判定要素 | 説明 |
|---|---|
| 取締役会の開催場所 | 企業の戦略的な意思決定を行う取締役会が定期的にどの国で開催されているか。単に形式的に議事録の承認が行われる場所ではなく、実質的に重要な経営判断や商業的意思決定が議論され、決定される場所が重視されます。 |
| 経営幹部の所在地 | CEOやCFOなどの経営幹部が日常的にどこを拠点として活動しているか。経営幹部が主に滞在し、業務を行っている場所は、その企業の実効的管理場所として判断される可能性が高くなります。 |
| 重要な意思決定が行われる場所 | 企業の投資方針、事業戦略の決定、大規模な資産の購入や売却、M&Aの意思決定など、企業経営において重要な判断がどこで行われているか。戦略的意思決定がどこで行われているかが焦点となります。 |
| 会計帳簿の保管場所 | 会社の会計帳簿や重要な記録がどこで保管され、管理されているか。企業の財務管理の実態が示される重要な要素です。 |
| バーチャル会議の取り扱い | リモートワーク時代の取締役会がオンラインで開催される場合、参加している取締役の過半数がどこに物理的に所在しているかが重視されます。 |
取締役会の開催場所
最も重要な判定要素の一つが、取締役会がどこで開催されているかです。企業の戦略的な意思決定を行う取締役会が定期的にどの国で開催されているかは、POEMの所在地を決定する上で極めて重要な指標となります。
単に形式的に議事録の承認が行われる場所ではなく、実質的に重要な経営判断や商業的意思決定が議論され、決定される場所が重視されます。
経営幹部の所在地
CEOやCFOなどの経営幹部が日常的にどこを拠点として活動しているかも重要な要素です。経営幹部が主に滞在し、業務を行っている場所は、その企業の実効的管理場所として判断される可能性が高くなります。
重要な意思決定が行われる場所
企業の投資方針、事業戦略の決定、大規模な資産の購入や売却、M&Aの意思決定など、企業経営において重要な判断がどこで行われているかが考慮されます。
日常的な業務管理ではなく、企業全体の方向性を決定するような戦略的意思決定がどこで行われているかが焦点となります。
会計帳簿の保管場所
会社の会計帳簿や重要な記録がどこで保管され、管理されているかも判定要素の一つです。
バーチャル会議の取り扱い
近年のリモートワークの普及により、取締役会がオンラインで開催されるケースも増えています。この場合、取締役会の開催場所をどのように判定するかが問題となります。
FTAのガイダンスによれば、バーチャル会議の場合は、取締役の大多数が物理的にどこに所在しているかが重視されます。例えば、取締役会がオンラインで開催されても、参加している取締役の過半数がUAEに物理的に所在している場合、その会議はUAEで開催されたものとみなされる可能性があります。
UAE法人税法におけるPOEM
2023年6月から施行されたUAE法人税法では、POEMが企業の税務上の居住地を判定する重要な基準として位置付けられています。
UAEの税務上の居住者の定義
UAE法人税法第11条によれば、以下のいずれかに該当する法人がUAEの税務上の居住者とみなされます。
- UAEの法律に基づいて設立された法人(フリーゾーン法人を含む)
- 外国の法律に基づいて設立されたが、UAEで実効的に管理・支配されている法人
- UAE国内で事業または事業活動を行う自然人
- 内閣決定により指定されるその他の者
この2番目の要件が、まさにPOEMの概念に基づくものです。つまり、外国で設立された法人であっても、その実効的管理場所がUAEにある場合は、UAE税務上の居住者として扱われ、全世界所得に対してUAE法人税が課税される可能性があります。
課税される所得の範囲
POEMに基づいてUAE居住者と判定された外国法人は、UAEに源泉のある所得だけでなく、全世界所得に対してUAE法人税が課税されます。これは、恒久的施設(PE)に基づく課税とは大きく異なる点です。
PEを有する場合は、そのPEに帰属する所得のみが課税対象となりますが、POEMに基づいてUAE居住者と判定された場合は、世界中で稼得したすべての所得が課税対象となるため、税務上の影響は極めて大きくなります。
UAEの法人税率は課税所得375,000AED(約1,500万円)までは0%、それを超える部分については9%です。世界的に見れば低い税率ですが、全世界所得に課税されるとなると、企業にとっては大きな負担となる可能性があります。
日本企業への影響とリスク
日本に本社を置く企業がドバイに子会社を設立するケースは近年増加していますが、POEMの概念を正しく理解していないと、意図しない税務リスクを抱えることになります。
日本側からの視点
日本の税法では、外国法人であっても、その管理支配が日本で行われている場合は、日本の税務上の居住者として扱われる可能性があります。
例えば、ドバイに子会社を設立したものの、その子会社の取締役会が日本で開催され、重要な経営判断がすべて日本の親会社で行われている場合、その子会社のPOEMは日本にあると判定される可能性があります。この場合、子会社の所得は日本で課税される可能性があります。
UAE側からの視点
逆に、日本で設立された法人であっても、その実効的管理がUAEで行われている場合は、UAE税務上の居住者として扱われる可能性があります。
例えば、日本の法人登記は維持しているものの、経営者がドバイに移住し、取締役会もドバイで開催され、重要な経営判断がすべてドバイで行われている場合、その法人のPOEMはUAEにあると判定される可能性があります。
二重居住の問題と租税条約
企業が日本とUAEの両方で税務上の居住者と判定された場合、同じ所得に対して両国で課税される二重課税の問題が生じます。
この問題を解決するため、日本とUAEの間では租税条約が締結されています。租税条約には「タイブレーカールール(tie-breaker rule)」と呼ばれる規定があり、両国で居住者とみなされる場合にどちらの国の居住者として扱うかを決定します。
日本・UAE租税条約では、法人の場合、本店または主たる事務所の所在地、事業の実質的な管理の場所、設立された場所など、すべての関連要因を考慮して、両国の権限ある当局の合意により決定されることとされています。実務上は、POEMがどこにあるかが重要な判断要素となります。
ただし、この租税条約の適用を受けるためには、UAE側で「課税される義務がある(liable to tax)」ことが前提となります。2023年にUAEで法人税が導入されたことにより、UAE法人は租税条約の適用を受けやすくなりました。
ドバイ法人設立時の実務上の留意点
ドバイに子会社を設立する日本企業が、POEM関連のリスクを適切に管理するためには、以下のような点に留意する必要があります。
取締役会の実質的な独立性の確保
子会社の取締役会は、親会社から独立して、子会社の利益のために意思決定を行う必要があります。親会社の指示をただ追認するだけの形式的な取締役会では、実質的な管理支配が親会社にあると判断される可能性があります。
具体的には、以下のような対策が考えられます。
- 現地で実際に経営判断を行える能力と権限を持つ取締役を選任する
- 取締役会をUAE国内で定期的に開催する
- 取締役会の議事録を適切に作成し、重要な意思決定の過程を記録する
- 子会社の事業戦略や投資判断を子会社の取締役会で実質的に議論し、決定する
経営陣の現地配置
経営の実態を示すためには、CEO、CFOなどの経営幹部がUAEに実際に滞在し、現地で業務を行うことが重要です。形式的に役職を与えるだけでなく、実質的な意思決定権限を与え、現地で経営を行う体制を整える必要があります。
適切な記録の保管
取締役会の議事録、経営判断の記録、契約書、会計帳簿など、企業の実質的な管理場所を示す証拠となる書類は適切に作成し、保管しておく必要があります。税務調査の際には、これらの書類に基づいてPOEMの所在地が判断されることになります。
税務専門家への相談
POEMの判定は、個別の事実関係に基づいて総合的に行われるため、一律の基準があるわけではありません。自社の状況がPOEM規定の適用を受ける可能性があるかどうか、事前に国際税務に精通した専門家に相談することが重要です。
タックスヘイブン対策税制との関係
日本企業がドバイに子会社を設立する場合、POEM規定だけでなく、日本のタックスヘイブン対策税制(外国子会社合算税制)の適用も検討する必要があります。
タックスヘイブン対策税制は、日本の親会社が外国子会社の所得を日本側で合算して課税する制度です。UAEの法人税率9%は、この制度のトリガー税率(30%)を下回るため、一定の要件を満たす場合、子会社の所得が日本の親会社の所得と合算され、日本で課税される可能性があります。
ただし、子会社が実際にUAEで事業を行っており、一定の経済活動基準を満たしている場合は、この制度の適用を免れることができます。POEMの概念と関連して、子会社の実態をしっかりと整えることが、タックスヘイブン対策税制の適用を回避する上でも重要となります。
POEMに関する最近の動向
UAEにおける執行の強化
UAEでは法人税の導入に伴い、税務当局による執行が強化されています。特に、外国法人がUAEでPOEMを有しているかどうかの判定について、FTAは厳格な審査を行う姿勢を示しています。
Tax Residency Certificate(税務居住者証明書)の発行申請を行う際、FTAはPOEMの所在地について詳細な情報提供を求めるようになっています。企業は、自社のPOEMがどこにあるかを明確に説明できるよう、準備しておく必要があります。
日本におけるグローバル・ミニマム課税の導入
日本では2024年度から、OECDのBEPS 2.0プロジェクトに基づくグローバル・ミニマム課税(最低税率15%)が導入されています。これにより、海外子会社の実効税率が15%未満の場合、日本の親会社側で追加の課税が行われることになります。
UAEの法人税率9%はこの最低税率を下回るため、日本企業がドバイに子会社を設立している場合、グローバル・ミニマム課税の対象となる可能性があります。POEMの概念とあわせて、この新しい国際税制についても理解しておく必要があります。
まとめ
| 重要なポイント | 内容 |
|---|---|
| POEM の基本 | 企業の実質的な経営場所を税務上の居住地として判定する国際的な概念 |
| 判定要素 | 取締役会の開催場所、経営幹部の所在地、重要な意思決定の場所、会計帳簿の保管場所 |
| UAE法人への影響 | POEMがUAEにある外国法人は、全世界所得に対してUAE法人税(9%)が課税される |
| 日本企業への対応 | 子会社の実質的な独立性確保、経営幹部の現地配置、適切な記録保管が必須 |
| 専門家相談の重要性 | POEM判定は個別事実に基づく総合判断のため、事前の専門家相談が推奨される |
POEMは、企業の税務上の居住地を決定する上で極めて重要な概念です。形式的な登記地ではなく、実質的にどこで経営が行われているかという点が重視されます。
ドバイに法人を設立する日本企業にとって、POEMの概念を正しく理解し、適切な対策を講じることは、意図しない税務リスクを回避する上で不可欠です。取締役会の実質的な独立性の確保、経営陣の現地配置、適切な記録の保管など、実態に即した経営体制を整えることが重要となります。
また、日本とUAEの両方の税制、さらには国際的な税制の動向も視野に入れながら、総合的な税務戦略を立てる必要があります。POEMの判定は個別の事実関係に基づいて行われるため、専門家のアドバイスを受けながら、自社の状況に応じた適切な対応を行うことをお勧めします。
UAE法人の設立や国際税務に関してご不安な点がある方、POEMの判定について専門的なアドバイスが必要な方は、当事務所までお気軽にお問い合わせください。貴社の状況に即した最適なソリューションをご提案させていただきます。
