信託(トラスト)組成によって日本側の課税を逃れることは可能なのか

投稿:2026年1月12日更新:2026年1月12日未分類

海外に移住される方や富裕層の方から「リヒテンシュタインやケイマンなどに信託を組成すれば、日本の課税を回避できるのではないか」という質問をよく受けることがあります。確かに、海外の信託を活用した資産管理は、プライバシーの保護や資産承継の面で一定のメリットがありますが、税務上の取扱いは慎重に検討する必要があります。

特に近年では、令和7年9月に東京地裁で下されたリヒテンシュタイン財団事件の判決により、信託を利用した租税回避スキームに対して日本の税務当局が厳格に対応する姿勢が明確になりました。この判決は、信託を通じた外国法人の株式保有にも日本のCFC税制(外国子会社合算税制、タックスヘイブン対策税制)が適用されることを認めたものであり、今後の海外資産管理において非常に重要な意味を持っています。

本記事では、この判決を踏まえ、信託組成によって日本側の課税を逃れることが可能なのかについて解説します。

リヒテンシュタイン財団事件の概要

令和7年9月12日、東京地裁民事第3部(篠田賢治裁判長)は、日本居住者がリヒテンシュタイン財団を通じてバハマ法人の株式を保有していた事案について、CFC税制の適用を認める判決を下しました。

事案の構造

原告である日本居住者Xは、2005年にリヒテンシュタインに財団を設立し、約3万スイスフラン(約500万円)を拠出しました。この財団は、バハマに設立された法人の株式を100パーセント保有しており、バハマ法人は約22億円相当の公社債等の金融資産を保有していました。

つまり、構造としては以下のようになります。

日本居住者X リヒテンシュタイン財団
バハマ法人(金融資産約22億円相当)

原告の主張

原告Xは、リヒテンシュタインの財団準拠法には株式や持分に関する定めがないため、自分は財団の株式を保有しているとはいえず、したがってCFC税制の適用対象にはならないと主張しました。

リヒテンシュタインの財団は、株式会社のような出資持分の概念を持たない法的形態であることから、日本の税法上の「株式等の保有」には該当しないというのが原告の論点でした。

被告(国)の主張

これに対して被告である国(税務署長)は、たとえ形式上は株式等の定めがない場合でも、定款等の定めなど具体的事情により、実質的に外国子会社の株式等を保有していると認められる場合には、CFC税制の適用対象になると主張しました。

国税当局は、形式的な法的構造ではなく、実質的な支配関係や経済的実態に着目して課税の可否を判断すべきであるという立場をとったのです。

東京地裁の判断

東京地裁は、国側の主張を認め、原告の請求を棄却しました。判決の要旨は以下の通りです。

CFC税制の趣旨に基づく実質判断

裁判所は、CFC税制の趣旨について、居住者が軽課税国に所在する外国法人に対する資本関係を通じた経済実質的な支配力を利用して租税負担を不当に軽減することへ対処することであると述べました。

その上で、外国法人の発行済株式等を保有するとは、当該外国法人に対して資金を拠出したことによって得られた、自益権及び共益権又はこれらと同視できる権利ないし地位をいうものと解すべきであると判示しました。

自益権と共益権の認定

裁判所は、原告Xが財団の資本金の全額を拠出するなどして財団を実質的に設立したことにより、財団の自益権と同視できる権利ないし地位を全部保有していたものと認めました。

また、原告は財団の特別組織の唯一の構成員として、財団の資産の管理について単独で責任を負い、制約を受けることなく裁量で行うことができる地位を有していたこと、財団の管理運営を行う財団評議会を指導する地位を有していること、財団評議会の構成員の解任につき拒否権を有していることなどから、財団の共益権と同視できる権利ないし地位を全部保有していたものと認められるとしました。

結論

以上より、裁判所は、原告は財団の発行済株式等の全部を有していたものと認められ、CFC税制の適用を是認しました

原告側は「財団から一切の経済的な利益を受けていない」とも主張しましたが、裁判所は、実際に財産の給付を受けたか否かは関係なく、財産を受ける権利や地位を有していることが重要であると判断しました。

CFC税制(タックスヘイブン対策税制)とは

リヒテンシュタイン財団事件を理解するためには、CFC税制の基本的な仕組みを理解しておく必要があります。

CFC税制の目的

CFC税制は、居住者や内国法人が、法人税率が低い国または法人税がない国に所在している一定の外国法人の株式等を保有している場合、当該外国法人の所得のうち当該保有株式等に対応する部分について、当該居住者または内国法人の収入金額または収益の額とみなして、日本における課税に服させる制度です。

これは、他の外国法人の株式を保有することを通じて外国子会社の株式等を保有している場合(間接保有)にも適用されます。

要件 説明
保有者 日本の内国法人または居住者
保有割合 50%超の株式等(直接・間接を合算)
対象法人 低税率国または非課税国に所在する外国法人
トリガー税率 30%以下(一部改正で27%へ引き下げ予定)

適用要件

CFC税制が適用されるためには、まず対象となる「外国関係会社」に該当するかどうかを判断する必要があります。

日本の内国法人または居住者が、合計で50パーセント超の株式等(議決権、配当請求権等)を、直接的もしくは間接的に保有する外国法人が「外国関係会社」に該当します。この判定においては、複数の日本居住者や法人の持分を合算して判断されることに注意が必要です。

そして、その外国関係会社が一定の要件(トリガー税率やペーパーカンパニー要件など)を満たす場合に、CFC税制の適用対象となります。

UAEとCFC税制

UAEの法人税率は9パーセントであり、これはCFC税制におけるトリガー税率(30パーセント、一部27パーセントに引き下げ予定)を下回るため、UAE法人はCFC税制に該当するかについて検討しなければなりません。

ただし、実際に現地に移住し、事業の実体を伴っている会社の場合には、経済活動基準を満たすことでCFC税制の適用を回避できる可能性があります。

信託の税務上の取扱い

リヒテンシュタイン財団事件の判決を理解するためには、信託の税務上の取扱いについても理解しておく必要があります。

日本の信託税制の基本原則

日本の信託税制は「受益者課税の原則」を採用しています。これは、信託財産から生じる収益は、実際に収益を受け取る受益者に対して課税するという考え方です。

委託者から信託された財産の所有権は受託者に移転し、受託者が信託財産の所有権を有することになりますが、信託財産は受益者のために管理運用され、信託財産から生じる収益は受益者が受け取ります。つまり、信託財産の実質的な所有者は受益者となるため、受益者に対して課税されることになります。

受益者等課税信託と法人課税信託

日本の信託税制では、信託を大きく「受益者等課税信託」と「法人課税信託」に分類しています。

分類 特徴 課税対象
受益者等課税信託 受益者が明確に存在する信託 受益者
法人課税信託 受益者等が存在しない信託、特定要件を満たす信託 受託者(法人扱い)

受益者等課税信託では、受益者が信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、信託財産から生じる収益及び費用は受益者の収益及び費用とみなされます。

一方、法人課税信託では、受託者に対して法人税が課税されます。受益者等が存在しない信託や、特定の要件を満たす信託が法人課税信託に該当します。

外国信託の取扱い

外国の信託についても、日本の税法は基本的に同様の原則を適用します。ただし、外国の法制度は日本と異なる場合があるため、その信託が日本の税法上どのように分類されるかを慎重に検討する必要があります。

特に、受益者が明確でない裁量信託(ディスクリショナリー・トラスト)などの場合、日本の税法上どのように取り扱われるかは複雑な判断を要します。

リヒテンシュタイン財団事件の教訓

リヒテンシュタイン財団事件の判決は、信託や財団を利用した租税回避スキームに対して、日本の税務当局と裁判所が厳格に対応することを明確にしたものといえます。

形式よりも実質を重視

この判決の最も重要なポイントは、形式的な法的構造ではなく、実質的な支配関係や経済的実態に着目して課税の可否を判断したことです。

リヒテンシュタインの財団法には株式や持分に関する定めがなかったとしても、定款の内容や実際の運営状況から、原告が財団を実質的に支配し、自益権及び共益権と同視できる権利を有していると判断されました。

自益権と共益権の重要性

裁判所は、外国法人の株式等を保有するとは、自益権及び共益権又はこれらと同視できる権利ないし地位をいうものと解しました。

自益権とは、配当を受ける権利や残余財産分配請求権など、経済的利益を受ける権利を指します。共益権とは、議決権や役員選任権など、法人の経営に参加する権利を指します。

信託や財団を組成する場合でも、委託者や設立者がこれらの権利を実質的に保持している場合には、CFC税制の適用を受ける可能性があるということです。

単なる名義変更では租税回避は認められない

この判決は、単に海外に信託や財団を設立し、形式的に資産の名義を移転しただけでは、日本の課税を逃れることはできないことを示しています。

実際に資産を処分する者が誰なのか、実質的に経済的利益を受ける者が誰なのかを判断して、課税関係が決定されるのです。

信託組成によって課税を逃れることは可能か

それでは、信託の組成によって日本側の課税を逃れることは可能なのでしょうか。

原則として困難

リヒテンシュタイン財団事件の判決からもわかるように、単に海外に信託や財団を設立しただけでは、日本の課税を逃れることは困難です。

特に以下のような場合には、CFC税制の適用を受ける可能性が高いといえます。

■ 日本居住者が委託者または設立者である場合

日本居住者が信託の委託者や財団の設立者である場合、受益者が誰であるかにかかわらず、実質的な支配関係が認められる可能性があります。

■ 委託者が受益者を変更する権限を持っている場合

信託において委託者が受益者を変更したり、受益権の内容を変更したりする権限を持っている場合、税法上は委託者が実質的な受益者とみなされる可能性があります。

■ 日本居住者が主要な受益者である場合

たとえ形式的には第三者が受託者であっても、日本居住者が主要な受益者である場合、その日本居住者に対して課税される可能性があります。

適法なスキームの可能性

ただし、すべての海外信託が課税回避とみなされるわけではありません。適法に設計された信託は、相続や資産承継の有効な手段として活用可能です。

例えば、以下のような場合には、CFC税制の適用を回避できる可能性があります。

●実際に海外に移住し、非居住者となる場合

日本の居住者でなくなれば、CFC税制の適用対象から外れます。ただし、日本の税法上の非居住者に該当するかどうかは慎重に判断する必要があります。

●経済活動基準を満たす事業を行う場合

外国関係会社が経済活動基準を満たす実体のある事業を行っている場合、CFC税制の適用を回避できる可能性があります。これには、事業基準、実体基準、管理支配基準、所在地国基準、非関連者基準などを満たす必要があります。

●第三者による独立した信託の場合

委託者が信託に対する支配権を完全に放棄し、独立した第三者の受託者が裁量権を持って運営する信託の場合、委託者に対する課税を回避できる可能性があります。ただし、この場合でも受益者に対する課税関係は検討する必要があります。

UAEにおける信託と財団

UAEでは、DIFCやADGMなどの金融フリーゾーンにおいて、信託や財団を設立することが可能です。

UAEの信託と財団の特徴

特徴 信託 財団
法人格 法人格を持たない 独立した法人格を持つ
税務扱い 柔軟な税務構成が可能 UAE域内の税制優遇あり
プライバシー 受益者の秘匿性がある 構成員を開示
運営の柔軟性 裁量権が大きい 法定の運営ルール

法人格の有無

UAEでは、信託は法的には法人格を持たない一方で、財団は独立した法人格を持つ存在として扱われます。

税務上の取扱い

UAEでは、個人の所得に対する所得税は課税されません。また、家族の資産管理を目的とする信託や財団は、一定の要件を満たす場合、法人税の課税対象から除外される可能性があります。

ただし、これはUAE国内における課税についてであり、委託者や受益者の居住地国における課税関係は別途検討する必要があります。

資産保全とプライバシー

UAEの信託や財団は、資産保全やプライバシーの保護という観点からメリットがあります。ただし、CRSによる情報交換などにより、完全な秘匿性は期待できません。

日本居住者がUAEに信託を組成する場合の留意点

日本の居住者がUAEに信託を組成する場合、以下の点に留意する必要があります。

■ 日本のCFC税制の適用

UAEの法人税率は9パーセントであり、日本のCFC税制のトリガー税率を下回るため、UAE法人や信託がCFC税制の適用対象となるかどうかを検討する必要があります。

■ 受益者課税の原則

日本の税法は受益者課税の原則を採用しているため、日本居住者が受益者である場合、信託から生じる所得は日本で課税される可能性があります。

■ 国外財産調書制度

日本居住者は、海外に5,000万円を超える財産を保有している場合、国外財産調書を提出する義務があります。信託に資産を移転した場合でも、実質的に受益権を有している場合には、申告義務が生じる可能性があります。

■ CRSによる情報交換

UAEを含む多くの国がCRSに参加しており、金融口座情報が自動的に交換されます。信託の受益者が日本居住者である場合、その情報は日本の税務当局に提供される可能性があります。

海外移住とCFC税制

UAE等の低税率国に移住することで、日本のCFC税制の適用を回避することは可能なのでしょうか。

非居住者になることの重要性

日本のCFC税制は、日本の居住者または内国法人に対して適用される制度です。したがって、日本の非居住者になれば、CFC税制の適用対象から外れることになります。

非居住者の判定

ただし、日本の税法上の非居住者に該当するかどうかは、形式的な住民票の有無だけでなく、実質的な生活の本拠がどこにあるかによって判断されます。

非居住者の判定においては、以下のような要素が考慮されます。

単に形式的に海外に住民登録をしただけでは、日本の税法上の非居住者とは認められない可能性があります。

UAEへの移住とビザ取得

UAEに移住する場合、居住ビザを取得し、実際にUAEに居住する必要があります。UAE側の税法上の居住者要件も満たす必要があります。

UAEでは、連続する12カ月間において183日以上滞在している場合、またはUAE国民であるか有効な居住許可証を保持している場合に、UAE居住者とみなされます。

適法な資産管理のために

リヒテンシュタイン財団事件の判決は、単なる租税回避スキームは認められないことを明確にしましたが、適法な資産管理や相続対策まで否定するものではありません。

透明性を前提とした資産管理

近年の国際的な税務環境では、CRSやFATCAなどの情報交換制度により、海外資産の秘匿は困難になっています。

むしろ、透明性を前提として適法に資産管理を行うことが重要です。適切に税務申告を行い、必要な届出を提出することで、税務リスクを回避しつつ効率的な資産管理が可能になります。

専門家への相談の重要性

信託や財団を利用した資産管理は、日本の税法、現地国の税法、租税条約など、複数の法制度を考慮する必要があり、非常に複雑です。

自己判断でスキームを組成するのではなく、国際税務に精通した専門家に相談することが不可欠です。

実体を伴った事業活動

UAEなどの低税率国に法人を設立する場合、単なるペーパーカンパニーではなく、実体を伴った事業活動を行うことが重要です。

実際に現地に移住し、事業の実体を作り、経済活動基準を満たすことで、CFC税制の適用を適法に回避できる可能性があります。

まとめ

リヒテンシュタイン財団事件の判決により、信託や財団を組成しても、形式的な名義変更だけでは日本の課税を逃れることはできないことが明確になりました。

裁判所は、形式よりも実質を重視し、自益権や共益権と同視できる権利を有しているかどうかによって、CFC税制の適用を判断しました。この判決は、今後の海外資産管理において重要な先例となるでしょう。

信託を利用した資産管理は、適法に設計すれば相続対策や資産保全の有効な手段となり得ますが、単なる租税回避を目的としたスキームは認められません。特に日本居住者のまま海外に信託を組成する場合、CFC税制の適用や受益者課税の問題を慎重に検討する必要があります。

UAEへの移住を検討される方は、単に法人を設立するだけでなく、実際に現地に居住し、実体のある事業活動を行うことが重要です。また、日本の非居住者に該当するかどうかの判定も慎重に行う必要があります。

国際的な税務環境は年々厳格化しており、CRSによる情報交換やCFC税制の改正など、富裕層の海外資産管理に対する監視は強化されています。透明性を前提とし、適法な範囲で資産管理を行うことが、長期的には最も安全で効率的な方法といえるでしょう。

海外への資産移転や信託の組成を検討される場合には、必ず国際税務に精通した専門家にご相談ください。当事務所では、UAEと日本の税制の両方に精通した公認会計士が、お客様の状況に応じた最適なアドバイスを提供いたします。お気軽にお問い合わせください。

 このブログを書いた人

税理士・公認会計士(日本・UAE)。ドバイ在住。日本とドバイで会計事務所を経営しています。税務顧問や会計監査、ドバイへの移住支援を行っています。

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