ドバイに法人を設立される方の中には、香港法人を経由した日本への投資を行っている方や、香港に移住してから日本の会社株式を譲渡する予定の方も多くいらっしゃいます。
日本と香港の間には租税協定が締結されていますが、香港居住者が日本の会社株式を譲渡した場合に、本当に日本で税金がかからないのでしょうか。
結論から申し上げると、「株式の種類や状況によって課税・非課税が異なる」ということになります。つまり、すべての株式譲渡が非課税になるわけではなく、日本の国内法と日本・香港租税協定の両方を検討する必要があります。
本記事では、日本・香港租税協定における株式譲渡の課税関係について、国内法との関係を含めて詳しく解説していきます。
図1:日本と香港の租税協定における株式譲渡の図解
日本の国内法における非居住者の株式譲渡
まず、日本の国内法上、非居住者が日本法人の株式を譲渡した場合の取扱いを確認しておきましょう。
日本の所得税法では、非居住者については国内源泉所得のみが課税対象とされています。そのため、日本国内に恒久的施設を有しない非居住者が日本法人の株式を譲渡した場合、原則として日本では課税されません。
ただし、以下の場合には例外的に日本で課税されることになります。
| 株式の種類 | 概要 |
|---|---|
| 買い集め株式の譲渡 | 同一銘柄の内国法人株式を買い集め、特殊関係者等に譲渡する場合 |
| 事業譲渡類似株式の譲渡 | 大口株主(25%以上保有)が5%以上を譲渡する場合 |
| 不動産関連法人株式の譲渡 | 総資産の50%以上が日本の不動産で構成される法人の株式を譲渡する場合 |
| 日本滞在中の譲渡 | 日本に滞在している間に内国法人株式を譲渡する場合 |
| ゴルフ場株式の譲渡 | 日本国内のゴルフ場を保有する法人の株式形態のゴルフ会員権を譲渡する場合 |
このように国内法上は一定の場合に日本で課税されることになりますが、租税条約が国内法に優先して適用されるため、次に日本・香港租税協定の規定を確認する必要があります。
日本・香港租税協定における譲渡収益の規定
日本と香港の間では、2010年11月9日に租税協定が署名され、2011年から適用が開始されています。
日本・香港租税協定の第13条では、譲渡収益について以下のように規定されています。
不動産の譲渡
第13条1項では、「一方の締約者の居住者が第六条に規定する不動産であって他方の締約者内に存在するものの譲渡によって取得する収益に対しては、当該他方の締約者において租税を課することができる」と規定されています。
つまり、香港居住者が日本に所在する不動産を譲渡した場合、日本で課税されることになります。
不動産関連法人株式の譲渡
第13条2項では、不動産化体株式(不動産関連法人株式)について規定されています。具体的には、「法人の株式の資産の価値の50%以上が不動産により直接又は間接に構成される場合」には、その不動産の所在地国で課税できるとされています。
ただし、当該株式が公認の有価証券市場において取引され、かつ、居住者及びその特殊関係者が所有する同種の株式等の数が総数の5%以下である場合には、この限りではありません。
図2:不動産関連法人株式の課税関係フロー図
📌 具体例
香港居住者Aさんが香港法人を100%保有しており、その香港法人が日本の不動産を所有し、香港法人の総資産の90%を日本の不動産が占めているケースを考えてみます。
この場合、香港法人は不動産関連法人に該当します。Aさんが香港法人の株式を売却した場合、日本・香港租税協定第13条2項により、売却益は日本で課税されることになります。
事業譲渡類似株式と日本・香港租税協定の関係
ここで特に注目すべきは、事業譲渡類似株式の取扱いです。
日本の国内法では、特殊関係株主等が過去3年以内に発行済株式の25%以上を保有し、譲渡年に5%以上を譲渡した場合には、「事業譲渡類似株式の譲渡」として日本で課税されることになっています。
しかし、日本・香港租税協定の第13条6項の規定により、事業譲渡類似株式の譲渡は居住地国課税とされています。
つまり、香港居住者が日本法人の株式を譲渡する場合、たとえその株式が国内法上の「事業譲渡類似株式」に該当したとしても、日本・香港租税協定により日本では課税されないことになります。これは香港との租税協定の大きな特徴の一つです。
他国との租税条約との比較
| 居住地国 | 事業譲渡類似株式の課税 | 一般株式の課税 |
|---|---|---|
| 香港 | 居住地国課税(日本で非課税) | 居住地国課税(日本で非課税) |
| シンガポール | 源泉地国課税(日本で課税) | 居住地国課税(日本で非課税) |
| アメリカ | 居住地国課税(日本で非課税) | 居住地国課税(日本で非課税) |
| イギリス | 源泉地国課税(日本で課税) | 居住地国課税(日本で非課税) |
| 中国 | 源泉地国課税(日本で課税) | 居住地国課税(日本で非課税) |
同じ事業譲渡類似株式の譲渡であっても、譲渡者の居住地国によって日本での課税の有無が異なります。香港とアメリカは日本で非課税となる一方、シンガポールや中国は日本で課税されることになります。
香港側での課税はどうなるか
日本・香港租税協定により、事業譲渡類似株式や一般株式の譲渡益について日本での課税が免除された場合、香港側ではどのような課税がなされるのでしょうか。
香港では、従来からキャピタルゲイン(株式等の売却益)は原則として非課税とされてきました。つまり、香港居住者が株式売却益を得た場合、その売却益がキャピタルゲインに該当すれば香港でも課税されないことになります。
ただし、2023年1月から施行されたFSIE制度(Foreign-sourced Income Exemption)については注意が必要です。
図3:香港在住者による日本株式譲渡の税務手続き
FSIE制度とは
FSIE制度は、EUの要請により香港が導入した制度で、多国籍企業グループ(MNE)に属する香港企業が海外源泉の一定の所得(配当、利子、持分処分益、知的財産所得等)を香港で受領した場合に、一定の条件を満たさなければ香港で課税される可能性があるというものです。
2024年1月からは、株式持分以外の資産(動産・不動産を含む)の処分益についても対象範囲が拡大されています。
FSIE制度の免除要件
香港居住者が日本法人の株式を譲渡する場合には、その取引がFSIE制度の対象となるかどうか、対象となる場合には免除要件を満たすかどうかを事前に確認しておく必要があります。
| 免除区分 | 要件 |
|---|---|
| 経済実体要件 | 香港で実質的な経済活動を行っている場合 |
| 参加免税要件 | 一定の持分割合・保有期間を満たす持分処分益 |
| グループ内移転救済 | 一定の濫用防止要件を満たすグループ内取引 |
具体的なケーススタディ
ケース1:香港居住者が日本の一般事業会社株式を売却
香港居住者である個人Aさんが、日本の製造業を営むB社の株式を保有しており、その株式を第三者に売却するケースを考えます。
B社は不動産関連法人には該当せず、Aさんは過去3年間でB社株式の30%を保有していたものの、今回10%を売却するとします(事業譲渡類似株式に該当)。
日本での課税
国内法上は事業譲渡類似株式に該当しますが、日本・香港租税協定第13条6項により日本では非課税となります。
香港での課税
株式売却益がキャピタルゲインに該当する場合、香港でも原則非課税となります。
ケース2:香港法人が日本の不動産を多く保有する法人の株式を売却
香港居住者が保有する香港法人が、日本国内に多額の不動産を所有しており、その香港法人の株式を第三者に売却するケースを考えます。
香港法人の総資産のうち60%が日本の不動産で構成されている場合、当該香港法人は不動産関連法人に該当します。
日本での課税
日本・香港租税協定第13条2項により、不動産関連法人株式の譲渡益は不動産所在地国で課税できるとされているため、日本で課税されます。
香港居住者は、譲渡益について日本で確定申告を行い、所得税を納付する必要があります。
ケース3:香港居住者が少数株主として日本の上場株式を売却
香港居住者が日本の上場企業の株式を0.5%保有しており、その株式を売却するケースを考えます。
日本での課税
上場株式の少数株主による譲渡は、国内法上も課税対象となりません。また、租税協定上も居住地国課税となるため、日本では非課税です。
香港での課税
キャピタルゲインに該当する場合、香港でも原則非課税となります。
まとめ
日本・香港租税協定における株式譲渡の取扱いをまとめると、以下のようになります。
| 区分 | 具体的な取扱い |
|---|---|
| 日本で非課税 | ・ 一般的な株式譲渡(不動産関連法人株式以外) ・ 事業譲渡類似株式の譲渡(25%以上保有、5%以上譲渡のケース) ・ 国際運輸に係る船舶・航空機の譲渡 |
| 日本で課税 | ・ 不動産関連法人株式の譲渡(総資産の50%以上が日本の不動産) ・ 破綻金融機関株式の譲渡(一定の要件を満たす場合) ・ 日本国内の恒久的施設に係る事業用資産の譲渡 |
日本・香港租税協定は、シンガポールや中国との租税条約と比較して、事業譲渡類似株式について日本での課税が免除されるという大きな特徴があります。香港居住者が日本法人のオーナー株主である場合には、この特典を活用できる可能性があります。かつ、アメリカと違い、キャピタルゲインに対して原則として課税がないことは唯一の存在でしょう。
一方で、不動産関連法人株式については租税協定によっても日本での課税が免除されないため、事前に十分な検討を行うことが重要です。国際税務に関しては、日本の国内法、相手国の国内法、そして租税条約という複数の法令を総合的に検討する必要があります。
香港を経由した投資やM&Aをご検討の方は、是非当会計事務所までお問い合わせください。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。
具体的な税務判断については、必ず税理士にご相談ください。
