新WPS規則、賃金支払いルール厳格化への実務対応について解説(2026年6月1日施行)

投稿:2026年5月25日更新:2026年5月25日ブログ

UAEで従業員を雇用されている事業者の皆様にとって、無視できない労務規制の改正が間もなく施行されます。UAE人的資源・エミラタイゼーション省(MOHRE)は2026年5月12日、新しい賃金保護制度(Wage Protection System、以下WPS)の枠組みを定めた閣僚決定第340号を発出しました。2026年6月1日に施行され、従来の閣僚決定第598号(2022年)および2025年改正版第524号を完全に廃止します。

給与支払期日が翌月1日に統一されるほか、コンプライアンス閾値の引き上げ、新規従業員の30日免除廃止、エスカレーション体制の厳格化など、UAE史上もっとも厳しい賃金保護ルールが導入されます。本稿では、公認会計士の視点から制度の中身と実務上の対応ポイントを整理いたします。

1. はじめに

UAEのWPSは2009年に導入され、民間部門の賃金未払い問題に対応するために整備されてきました。給与支払いを電子的に追跡し、未払いを早期発見する仕組みです。

これまでは「月末締め翌月15日支払い」「企業ごとに任意の支払いサイクル設定可」といった柔軟な運用が認められていましたが、未払い案件が増加していたことを背景に、今回の改正で大幅な厳格化が図られました。とくに駐在員を多く抱える日系企業や、外注業務を活用する中小事業者にとって、給与計算サイクルの再設計が必要になる可能性があります。

【根拠条文・出典】

  • UAE閣僚決定第340号(Ministerial Resolution No. 340 of 2026、2026年5月12日発出、6月1日施行)
  • 廃止される閣僚決定第598号(2022年)および第524号(2025年改正)
  • 関連 連邦政令法第33号(2021年UAE労働法)
  • 制裁の根拠 内閣決定第21号(2020年、行政罰金規程)

2. 改正の全体像

今回の改正でもっとも大きな変更点は、給与支払期日の統一とグレースピリオド(猶予期間)の実質的な撤廃です。従来は支払期日後15日間の猶予が認められていましたが、新規則では翌月1日が一律の期日となり、2日目から監視・警告のプロセスが始まります。

項目 旧規則(第598号) 新規則(第340号)
支払期日 企業ごとの任意設定 翌月1日に統一
グレースピリオド 15日間 実質撤廃(2日目から監視開始)
コンプライアンス閾値 総賃金の80% 85%
新規従業員の免除 入社後30日間免除 廃止、即日適用
監視開始タイミング 期日後しばらくしてから 期日当日から電子的監視

3. エスカレーション日程と行政措置

新規則の最大の脅威は、違反から21日でMOHREによる行政措置が経営者個人レベルにまで及ぶ点です。

経過日数 MOHREの措置
1日目 電子的監視の開始
2日目 通知および警告
5日目 新規ワークパーミット発行停止、正式警告
11日目 行政罰金+第3カテゴリ格下げ(6か月以内の反復違反)
16日目 労働紛争の自動登録、25名以上雇用企業のワークパーミット停止
21日目 保全差押え、責任者への出国禁止、検察送致
30日目 50名以上の企業は検察送致が自動化

具体的な罰金額

内閣決定第21号(2020年)に基づき、以下の行政罰金が適用されます。

4. 重点監視対象6業種

新規則では、以下6業種が重点監視対象として明示されています。25名以上の従業員を抱える事業者は、16日目のワークパーミット停止措置がより厳格に適用されます。

実務ポイント グループ会社で合算25名以上となる場合も対象に含まれます。同一オーナー下にある関連法人のワークパーミットが連鎖的に停止される可能性があるため、グループ経営をされる事業者は注意が必要です。

5. 公認会計士としての実務対応

給与計算サイクルの再設計

従来「月末締め翌月15日支払い」だった企業は、新規則施行に合わせて「月末締め翌月1日支払い」への移行が必要です。月末日が金曜・土曜の場合は前倒し処理を含めた運用ルールを定めておくべきです。

控除上限15%の管理

85%を支払えば残りの15%は法的に認められた控除や差し引きで埋め合わせが可能ですが、控除が15%を超えた場合は未払い扱いとなります。住宅ローン控除、規律違反罰金、給与前借りの返済などを合算した月次モニタリングが必要です。

給与計算の外部委託

新規則では給与支払い処理を第三者に委託することは可能ですが、MOHREへの通知と書類提出が義務付けられます。委託先がWPSに対応していない場合、法的責任は引き続き雇用主に帰属します。

新規入社者の即日適用

従来の30日間免除が廃止されたため、入社月の給与もWPS対象です。月中入社の場合の日割り給与計算と支払期日の整合性を採用前に確認しておく必要があります。

6. 日本本社が知っておくべき論点

日本企業からUAEに駐在員を派遣している場合、駐在員の給与をどこで支払うかが論点になります。

日本本社からの直接支給

駐在員給与の一部を日本本社が日本円で支給するスキームは少なくありませんが、UAE現地法人雇用契約上の従業員である以上、UAEでの最低支払額がWPS閾値を満たす必要があります。日本本社負担分を含めた総額設計と、現地法人での支払額の整合性確認が必須です。

出向契約と雇用契約の整理

出向(Secondment)形態で日本本社の雇用関係を維持したまま派遣する場合でも、UAE現地法人が支払いを行う限りWPS対象です。雇用関係の所在と給与支払いの所在をめぐる契約整理が、移転価格や恒久的施設認定の論点とも絡みます。

7. WPS適用外のカテゴリ

以下のカテゴリは新規則でも引き続きWPS適用外です。

また、以下の業種は事業者単位でWPS適用外となります。

8. よくあるミス・注意点

9. まとめ

閣僚決定第340号は、UAEの賃金支払い体制を一気に厳格化する重要な改正です。「多少遅れても問題ない」という従来の運用は通用しなくなると認識し、2026年6月1日までに体制を整える必要があります。

📋 今回のポイント

  • 支払期日は翌月1日に統一 従来のグレースピリオド15日は実質撤廃
  • コンプライアンス閾値は85% 控除上限が実質15%に圧縮
  • エスカレーションは即日開始 21日目には出国禁止・検察送致まで
  • 新規従業員の30日免除は廃止 入社初月から即日適用
  • 重点監視6業種 建設・運輸倉庫・警備・清掃・人材紹介・家事労働者紹介
  • 罰金額 給与未払い1名1,000AED、不正データ入力1名5,000AED(上限50,000AED)
  • 駐在員給与の論点 日本本社支給分とUAE現地支給分の整合性確認

給与計算体制の見直し、MOHRE登録の確認、グループ会社単位での影響範囲の整理、駐在員給与の支払いスキーム再検討など、実務的な対応は多岐にわたります。当会計事務所では、UAE労務コンプライアンスの観点から給与計算サイクルの再設計と内部統制の整備、ならびに日本本社との支払いスキーム整理をご支援しております。ご不明な点やご相談ごとがございましたら、当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。

 このブログを書いた人

税理士・公認会計士(日本・UAE)。ドバイ在住。日本とドバイで会計事務所を経営しています。税務顧問や会計監査、ドバイへの移住支援を行っています。

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