UAEにおける移転価格税制の基礎知識

投稿:2025年11月28日更新:2025年11月28日ブログ

UAEにおける移転価格税制の基礎知識

2023年6月より本格的に導入されたUAE法人税に伴い、多くの日系企業様からお問い合わせをいただくのが「移転価格税制」についてです。一部の企業様の中には「うちは小規模な支店だから関係ない」「売上規模が小さいから大丈夫」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、その認識は非常に危険です。特に、UAEに拠点を持つ日系企業の多くが該当する「駐在員事務所」や「支店」形態の場合、本社との費用負担や利益配分が適切な移転価格ルールに基づいているかが厳しく問われることになります。

本記事では、UAE法人税法第34条に基づく移転価格税制の基礎と、実務上多くの企業様に関係する「低付加価値グループ内役務提供」の特例、特にコスト+5%のマークアップルールについて、会計事務所の視点から解説します。

ドバイのビジネス地区

ドバイの高度に発展したビジネス地区は、多くの多国籍企業が拠点を置いています

移転価格税制とは何か

移転価格税制とは、グループ会社間(関連者間)の取引価格を、「独立企業間価格」で行うことを義務付ける税制です。これは、すべての国が国際的に一貫して採用している基本原則であり、2023年6月のUAE法人税導入時にOECD移転価格ガイドラインに準拠した形で導入されました。

簡潔に表現すれば、親子会社や支店・本店間であっても、「全くの他人である第三者と取引する場合と同じ価格設定で取引しなさい」というルールです。これにより、恣意的な価格設定によって利益を操作し、租税回避を通じて税金を不当に減らすことを防ぎます。

例えば、日本の親会社がUAE子会社に対して製品を販売する際、通常の市場価格よりも著しく低い価格で販売すれば、利益をUAE側に移転させることが可能になってしまいます。こうした人為的な価格操作を通じた租税回避行為を規制するのが移転価格税制の役割なのです。

比較項目 内容
法的根拠 UAE法人税法第34条~第36条
適用開始日 2023年6月1日以降に開始する事業年度
基本原則 独立企業間価格(Arm’s Length Principle)
準拠基準 OECD移転価格ガイドライン2022年版

誰が対象になるのか

原則として、UAE内で法人税の課税対象となるすべての事業者に関係があります。

特に注意が必要なのは、フリーゾーン企業であっても「適格フリーゾーン法人」として法人税0%の特典を維持するためには、この移転価格ルールの遵守が絶対条件となっている点です。ここを疎かにすると、0%の特典が剥奪され、標準税率である9%が適用されるリスクが生じます。つまり、フリーゾーンだからこそ、むしろ移転価格規制への対応がより厳格に求められるのです。

📋 重要ポイントフリーゾーン法人が0%の税率を維持するための絶対条件として、移転価格規制の完全な遵守が必須です。違反した場合、0%の特典が失われ、9%の標準税率が適用される可能性があります。

文書化義務の判定基準

移転価格税制には「独立企業間価格で取引する義務」と「それを証明する書類を作成・保存する義務」の2つの側面があります。前者は原則的にすべての事業者に適用されますが、後者の「文書化義務」については、一定の基準を満たす企業にのみ課されます。

対象企業の区分 基準となる条件
マスターファイル作成対象 多国籍企業グループの連結売上が 31.5億ディルハム 以上
ローカルファイル作成対象 当該企業の年度売上が 2億ディルハム 以上
TP開示フォーム提出対象 関連者間取引総額が 4,000万AED を超える

マスターファイルは、グループ企業全体の事業概要や移転価格ポリシーなど全体的な背景を記載する文書であり、ローカルファイルはUAE法人の個別取引に関する詳細な分析を記載する文書です。これらは取引時またはその税務期間の申告書提出時までに同時に作成する必要があり、FTAからの要請があった場合は30日以内に提出しなければなりません。

基準を下回る企業であっても、法人税申告書に添付する「TP開示フォーム」の提出が必要になる場合があります。特に関連者間取引の総額が4,000万AEDを超える場合などは、詳細な開示が義務付けられることに注意が必要です。

多くの日系企業に実務的に関係する「低付加価値サービス(5%ルール)」

ここで、UAE拠点が支店や駐在員事務所、あるいは販売支援子会社である場合に特に重要となるポイントをご説明します。

ドバイの拠点の主な活動は、本社への報告、市場調査、バックオフィス業務などのサポート業務であることが多いでしょう。このような「本業の利益に直結しないサポート業務」に対して、いちいち複雑な移転価格分析を行うのは実務的ではありません。

そこで、UAE税務当局(FTA)はOECDガイドラインに準拠し、「低付加価値グループ内役務提供」という簡便法を正式に認めています。現実的には、ドバイに設置されている支店や駐在員事務所が本社のために行っているサポート業務の多くがこの特例の対象となるのです。

オフィス環境でのビジネス

UAE拠点が提供するサポート業務は低付加価値サービスとして5%ルール適用の対象

5%マークアップ簡便法の仕組み

以下の要件を満たすサービスについては、詳細な比較対象分析(ベンチマーク分析)を行わずとも、「総原価(コスト)+5%」のマークアップを独立企業間価格として認める、というものです。この処理により、複雑な価格分析の負担を大幅に軽減しながら、税務リスクを低く抑えることができます。

【低付加価値サービスの主な要件】

  • 支援的な性質であること(総務、経理、人事、ITサポートなど)
  • グループの中核的事業ではないこと
  • 独自の無形資産(ブランドや特許)を使用しないこと
  • 重大なビジネスリスクを引き受けないこと
適用可能なサービス例 適用が困難なサービス例
基本的な経理・会計サポート 高度なコンサルティングサービス
人事・総務機能 ブランド管理・マーケティング
IT技術サポート 研究開発活動
データ入力・文書管理 営業拠点としての活動
一般的な法務相談 知的財産権の創造・管理

実践的な計算例

低付加価値サービスに5%ルールを適用する場合の計算は非常にシンプルです。

例えば、ドバイの支店が日本本社から経営サポートサービスを受けている場合を想定しましょう。当該サービスにかかる直接コストが100万AEDであれば、独立企業間価格は以下のように計算されます。

計算式:100万AED(コスト)× 1.05 = 105万AEDが独立企業間価格

この場合、本社は105万AED分の請求書をドバイ拠点に発行し、ドバイ拠点がそれを経費として計上します。ここで重要なのは、「どのようなサービスを提供したか」「コストはいくらかかったか」を証明する請求書や契約書、計算根拠の保存は依然として必須であるという点です。簡便法だからといって、証拠資料の作成を省略してはいけません。

移転価格算定の5つの方法

UAE法人税法では、OECD移転価格ガイドラインに準拠した5つの移転価格算定方法を公式に認めています。低付加価値サービス以外の場合は、以下の方法から最も適切なものを選択して適用する必要があります。

伝統的取引法(3つの方法)

独立価格比準法(CUP法)は、関連者間取引と類似の条件で行われた独立企業間取引の価格を比較する方法です。外部データが豊富に存在する場合に有効です。

再販売価格基準法(RPM)は、関連者から購入した製品を第三者に再販売する際の適正な利益率を基に算定する方法です。流通・販売機能が中心の企業に適しています。

原価基準法(CPM)は、製品やサービスの提供にかかったコストに適正な利益を上乗せする方法です。製造やサービス提供を行うグループ会社に広く使用されています。

  • 独立価格比準法(CUP法):関連者間取引と類似の条件で行われた独立企業間取引の価格を比較する方法
  • 再販売価格基準法(RPM):関連者から購入した製品を第三者に再販売する際の適正な利益率を基に算定
  • 原価基準法(CPM):製品やサービスの提供にかかったコストに適正な利益を上乗せする方法

取引利益法(2つの方法)

取引単位営業利益法(TNMM)と利益分割法(PSM)の2つがあります。これらは、比較可能なデータが限定的な場合や、双方が独自の価値ある貢献をしている場合に有用とされます。

  • 取引単位営業利益法(TNMM):関連者間取引から得られる営業利益率を、比較可能な独立企業の営業利益率と比較する方法
  • 利益分割法(PSM):関連者間取引全体で生じた利益を、各当事者の貢献度に応じて配分する方法
⚠️ 注意事項これらの方法から、自社の取引内容や入手可能なデータ、業界慣行などを総合的に判断して、最も適切な方法を選択する必要があります。標準的な5つの方法で適用が困難な場合、他の方法を使用することも認められていますが、その選択について経済的および商業的な正当性を示す十分な文書化が必要です。

罰則と制裁措置

移転価格規制に違反した場合、UAEでは厳格な罰則が適用されます。「赤字だから関係ない」という認識は危険です。移転価格税制は利益の有無にかかわらず適用されます。

違反内容 罰金額
文書化義務違反(1件目) 1万AED
文書化義務違反(24か月以内の再違反) 2万AED
国別報告書通知義務違反 最大125万AED
法人税申告の過少申告 税額差額の15% + 月1%の延滞金

もし税務調査が入った際、関連者間取引の価格設定に合理的な説明がつかない場合、FTAは職権で価格を再計算し、追徴課税を行う権限を持っています。また、文書化義務があるにもかかわらず、要請から30日以内に提出できない場合は高額なペナルティが科される可能性があります。

特に深刻なのが、適格フリーゾーン法人がこのルールを遵守しない場合です。0%の法人税率の適用資格を失い、9%の標準税率が適用されることになり、遡及課税される可能性もあります。

フリーゾーン法人への特別な要件

適格フリーゾーン法人(QFZP)として0%の法人税率の適用を受けるためには、独立企業間原則の遵守と移転価格文書の整備が必須要件となっています。

フリーゾーン法人がQFZPの資格を維持するためには、すべての関連者間取引について独立企業間原則に従った価格設定を行い、それを裏付ける十分な文書を保持する必要があります。また、フリーゾーン法人間の国内取引についても、本土法人との取引と同様に移転価格規制が適用されることに注意が必要です。

💡 業務上のアドバイスフリーゾーン法人が0%課税の維持条件として、すべての関連者間取引について独立企業間原則に従った価格設定を行い、裏付け書類を保持することが絶対条件です。この要件を満たさない場合、特典が失われるリスクが非常に高いです。

実務上の重要ポイント

低付加価値サービスの判定には専門知識が必要

5%ルールが適用できるかどうかの判断には、サービスの内容、提供者と受取者の関係、市場における同様のサービスの価格設定などを総合的に勘案する必要があります。「とりあえず5%で計上した」という杜撰な対応は避けるべきです。

契約書と請求書の整備が重要

簡便法を適用する場合であっても、サービス提供の根拠となる契約書、詳細な請求書、コスト計算の根拠資料は必ず保存しておく必要があります。これらの資料がなければ、FTAから調査を受けた際に自社の主張を裏付けることができません。

他国の税務当局との関係性も考慮

日本の親会社がUAE法人と取引を行う場合、UAE側での移転価格設定が日本側でも受け入れられるかを検討する必要があります。特に、日本の移転価格税制では、低付加価値サービスでも一定程度の詳細なドキュメンテーションが求められる可能性があります。双方の国の基準を満たす価格設定を心がけることが重要です。

事前確認制度(APA)の活用

2024年6月にFTA決定第4号が発表され、2024年第4四半期からAPAの申請受付が開始される予定です。APAとは、納税者と税務当局が事前に移転価格算定方法について合意する制度で、将来の取引に対する税務上の確実性を提供し、税務紛争のリスクを軽減することを目的としています。複雑な関連者間取引がある場合は、このような制度の活用を検討することも有益です。

結論

UAEにおける移転価格税制は、2023年の法人税導入とともに本格的に運用が開始されました。関連者間取引を行うすべてのUAE法人は、独立企業間原則の遵守が求められ、一定規模以上の企業には詳細な文書化義務が課されています。

本記事の重要ポイント:

  • 移転価格税制は、大企業だけの問題ではなく、駐在員事務所や支店といった小規模な拠点であっても等しく適用されます。
  • 特に多くの日系企業が該当する「低付加価値グループ内役務提供」については、5%のマークアップ簡便法を活用することで実務負担を軽減できますが、その適用にあたっても適切なドキュメンテーションは必須です。
  • 自社の取引がどの区分に該当するのか、複雑な場合は迷わず専門家に相談することをお勧めします。
  • 出国前の段階から、現地での契約書や請求フローを念入りに確認し、移転価格規制に対応した体制を整備しておくことが、将来的な税務リスクを回避するための最善策なのです。

📞 ご相談やご質問について

移転価格税制に関するご不明な点や、自社の取引が5%ルールの対象になるかについてのご相談があれば、お気軽に当会計事務所までお問い合わせください。UAE法人税と日本の移転価格税制の両方に精通した専門家が、貴社の状況に応じた最適なソリューションをご提案させていただきます。

岡本信吾公認会計士事務所 – UAE・ドバイでの国際税務コンプライアンスなら、信頼できるパートナーにお任せください。

 このブログを書いた人

税理士・公認会計士(日本・UAE)。ドバイ在住。日本とドバイで会計事務所を経営しています。税務顧問や会計監査、ドバイへの移住支援を行っています。

の記事一覧へ

コメントをどうぞ!

メールアドレスが公開されることはありません。

QFZP(適格フリーゾーン法人)とは?税制優遇について解説 UAEの源泉徴収税制度について解説

お気軽にお問い合わせください