UAEの役員報酬のルールと実務上の運用

投稿:2025年11月28日更新:2025年11月28日ブログ

日本からドバイに移住する経営者や事業主の多くが、最初に直面する大きな悩みが「役員報酬をどのように設定すればよいのか」という問題です。ドバイには個人所得税がないという大きな税務メリットがある一方で、企業側には法人税が課税されるため、役員報酬の設定方法は単なる給与決定ではなく、重要な税務戦略となっています。本記事では、UAEの法人税制度における役員報酬の正しいルールと、実務上の運用方法について、具体的に解説していきます。

Dubai corporate office executive meeting

日本からドバイへの移住者が注目する理由

ドバイで会社を経営する日本人経営者は、多くの場合「会社の利益をどのタイミングで、どのような形式で個人に移すか」という課題に直面します。日本では、会社の利益に対して約30%の法人税がかかり、さらにそれを個人に配当する際にも税金がかかる二重課税の問題がありました。しかし、UAEでは個人所得税そのものが存在しないため、この構造が大きく異なっています。

そのため「会社の利益をすべて役員報酬として支払い、課税所得をゼロにすることで法人税を回避できるのではないか」という発想が生まれやすいのです。実際、このような相談は会計事務所に寄せられる質問の中でも最も多いものの一つです。しかし、UAE当局はこうした安易な利益圧縮を許容しておらず、厳格なルールを設けています。

UAE法人税制度における役員報酬の基本的な仕組み

UAE当局(Federal Tax Authority、FTA)は、法人税に関するFAQで、役員報酬に関する明確な方針を示しています。その中核となる原則が「市場レート(Market Rate)の原則」です。

UAE法人税法第28条では、企業の通常の事業活動に関連する費用が課税所得から控除可能であることが定められており、役員報酬もこれに該当します。しかし、第34条では「アームズレングスの原則(Arm’s Length Principle)」が定められ、第36条では「関連者への支払い」に特別な規定が設けられています。

具体的には、FTAのFAQの229番で以下のように明記されています。

企業の経営陣に支払われた報酬は、一般的に控除可能な経費となります。しかし、報酬が会社の取締役またはオーナー、あるいは取締役に関連し、関係者と見なされる者に支払われる場合、その報酬は関連する役割と提供されるサービスに対応する市場レートを反映するべきです。市場レートを超える金額は控除されません。

この規定により、役員(特にオーナーや関連者)への報酬が、同じ業種・規模の他社で同じポジションに支払われる相場を超えた場合、その超過部分は損金として認められないということが確定しています。

市場レート判定の実務的な課題

UAE法人税法が2023年6月に開始されてからまだ数年が経過していない段階では、市場レートの具体的な定義や判定基準が完全には確立されていません。FTAからの詳細なガイダンスも限定的であり、市場レートをどのように証明するかについては、各企業が自ら適切な根拠を準備する必要があります。

実務上、市場レートを確認するための方法としては、以下のようなアプローチが考えられます。

方法 説明 適用可能性
外部給与調査データ Gulf Business Salary Surveyや業界別給与レポートを参照 市場の相場を把握するための基礎
同業他社の水準 同じ業種・規模の企業でのポジション別給与水準 直接的な比較材料として最も有効
職務内容の分析 実際に提供している業務内容と責任の範囲を明確化 報酬の正当性を示す根拠
内部給与体系 関連のない従業員への給与水準との比較 企業内一貫性を示す証拠

特に転職市場の情報や業界団体が公表する給与水準データを参照することが重要です。UAE内でも、不動産、金融、コンサルティング、IT、医療などの業種ごとに給与相場は大きく異なるため、自社が属する業種での相場を正確に把握することが不可欠です。

UAE salary compensation financial planning

役員報酬の損金算入に必要な条件

UAE法人税法において、役員報酬を損金として認めてもらうためには、複数の条件を同時に満たす必要があります。

第一に「事業目的の関連性」

報酬が企業の事業活動に完全かつ排他的に関連していることが必要です。つまり、その報酬が会社の経営や業務運営に対して実質的に貢献しているものであることが証明されなければなりません。個人的な利益のための支出や、業務と無関係な目的での支払いは控除対象にはなりません。

第二に「市場価値との整合性」

すでに述べた市場レートの原則に従い、支払う報酬が市場における同等の役職・職務に対する相場内であることが必要です。これはアームズレングスの原則とも呼ばれ、独立した第三者間での取引と同じ条件で行われているかどうかが判断基準となります。

第三に「関連者であることの開示」

役員やオーナー、あるいは彼らの関連者に対する支払いである場合、企業税の申告書で関連者スケジュール(Connected Persons Schedule)を記載する必要があります。支払額がAED 500,000を超える場合は、この記載が必須となります。

第四に「適切な書類の保持」

報酬の支払いに関する証拠書類を完備しておくことが極めて重要です。具体的には、役員報酬の決定に関する株主総会の決議、職務内容を明記した契約書、給与改定の根拠となった市場調査データ、業績評価に関する記録などが該当します。税務調査時にこれらの書類を提示できるかどうかで、当局の判断が大きく左右されます。

実務上の役員報酬制度の設計方法

UAE当局が適切と認める役員報酬制度を構築するには、単に市場相場を調べて給与を決めるだけでは不十分です。体系的で合理的な根拠に基づいた制度設計が必要です。

ステップ1:自社の実態分析

まず、自社が実際にどのような事業活動を行っており、役員がどのような職務と責任を担っているのかを正確に把握する必要があります。オーナー経営者が全ての経営判断を行っている場合と、経営者と管理職を分離している場合では、報酬の構造が異なります。同時に、自社の業績、資本金、従業員数、事業規模などのパラメータを整理することも重要です。

ステップ2:市場レートの調査

自社が属する業種、自社と同程度の規模の企業、そして報酬対象者のポジション(CEO、CFO、General Manager等)に対応する市場相場を調査します。UAE内での給与水準、ドバイとアブダビでの地域差、フリーゾーン企業と本土企業での差異なども考慮すべきです。

ステップ3:報酬体系の決定と書類化

以下の内容を含む役員報酬規程を作成することが重要です。

  • 定期報酬(毎月の基本給:役職別の相場水準に基づく)
  • 改定基準(経営業績との連動、市場相場の変動への対応方法)
  • 賞与制度(短期インセンティブか長期インセンティブか、支給条件)
  • 業績連動報酬(定性的・定量的な目標指標)
  • その他の福利厚生(住宅手当、車両手当、保険等)

ステップ4:株主総会での決議

上記の報酬規程を株主総会で決議し、議事録に記録することが必須です。これにより、報酬が恣意的なものではなく、企業の統治機構の中で適切に検討されたものであることを証明できます。

ステップ5:定期的な見直し

市場環境の変化、企業業績の推移、従業員の職務内容の変更などに応じて、定期的に報酬水準を見直すことが重要です。見直しの過程も書類に残しておくことで、報酬が恣意的ではなく、経営判断に基づいていることを示すことができます。

executive compensation planning meeting

配当との違いと法務上の重要ポイント

UAEの法人税法では、役員報酬と配当の扱いが大きく異なります。役員報酬は損金として認められ、企業の課税所得を圧縮するのに対し、配当はその全額が損金として認められません。つまり、配当を支払う場合、企業側では費用計上ができず、配当に対応する利益にはそのまま9%の法人税が課税されるということです。

項目 役員報酬 配当
損金算入 可能(条件付き) 不可
法人課税所得への影響 圧縮可能 変わらず
個人側の所得税 UAE:なし / 日本:源泉対象 UAE:なし / 日本:源泉対象
税務効率 高い 低い

そのため、個人所得税がないというドバイのメリットを最大限に活かしつつ、企業側の法人税負担も最小化しようとする場合、配当よりも役員報酬による利益移転の方が税務効率が高いという構造になっています。ただし、この点こそが当局の監視対象となるポイントでもあるのです。

日本からドバイへの移住者が気をつけるべき租税条約と税務申告

ドバイで役員報酬を受け取る個人側には、個人所得税は課税されません。これはUAEに非居住者として居住する日本人を含めて適用されます。ただし、注意すべき点があります。

日本側での税務責任

ドバイで非居住者となった後も、日本の会社から役員報酬を継続して受け取る場合、その支払側(日本の親会社)には一律20.42%の源泉徴収義務が発生します。これは「国内源泉所得」に該当するためです。ただし、日本とUAEの間に租税条約が存在するため、その条約に基づいて源泉税の減免を受けられる可能性があります。

2011年に調印された日本とアラブ首長国連邦との租税条約では、配当、利息、ロイヤリティなどの特定の所得に対する源泉税が軽減される規定があります。しかし、役員報酬(給与所得)については、通常、源泉地国での課税権が認められているため、日本側での源泉徴収は継続される傾向にあります。

出国時の手続きと非居住者規定

日本からUAEに移住する際、日本の税務署に「出国に伴う書類」(非居住者化の申告)を提出することが重要です。出国後、日本で源泉税が発生する所得(例えば日本の親会社からの役員報酬)について、納税地を指定する必要があります。この手続きが曖昧な場合、日本側と双重課税の問題が生じる可能性があります。

同時に、UAEにおいて非居住者ステータスを確立することも重要です。UAE国籍がない限り、ビザの種類(就労ビザ、ゴールデンビザなど)によって税務上の取り扱いが異なる場合があります。確実にUAE側の非居住者基準を満たしていることを確認しておくべきです。

UAE法人税における濫用防止規則の重要性

UAE法人税法第50条では、一般的な濫用防止規則が定められています。この規則は、法人税の軽減を主な目的とした取引や取り決めが、商業的または経済的実態に基づいていない場合、当局がその取引を否認する権限を定めています。

役員報酬の設定が、実質的な業務内容と著しく乖離している場合や、単に法人税の軽減目的と判断される場合、当局はこの規則に基づいて報酬の一部または全額を損金から除外する調整を行う可能性があります。

濫用防止規則に該当する可能性のある状況

  • ポジションや職務内容に比して異常に高額な報酬
  • 事業規模や企業業績に見合わない報酬水準
  • 形式上の役員報酬であり、実質的な業務が伴わない場合
  • 市場相場との大きな乖離がある場合

当局は、取引の形式と実質、取引結果として生じる税務上の影響、企業や関連者の財務状況の変化などを総合的に判断するため、「税金対策だから大丈夫」という安易な考え方は極めて危険です。

結論・まとめ

UAEの役員報酬制度は、一見すると「個人所得税がないドバイだから、役員報酬をいくら支払ってもよい」と思われるかもしれません。しかし、実際には法人税法が厳格な規制を設けており、市場レートの原則、事業目的の関連性、適切な書類の保持という複数の条件を満たす必要があります。

特に日本から移住してきた経営者の多くは、日本での税務常識とUAEでの税務ルールの違いに戸惑うことがあります。例えば、日本で確立された「役員報酬の事前確定届出基準」といった概念は、UAE法人税法には存在しません。その代わり、UAE当局が求めるのは、市場ベースの実質的な判断であり、継続的な文書化と説明責任です。

まして法人税が0%になるまで報酬を上げるという戦略も、一見税務効率的に見えますが、当局の監視対象となりやすく、濫用防止規則に抵触するリスクが高まります。むしろ、合理的で根拠のある報酬体系を構築し、それを適切に書類化しておくことが、長期的には最も安全で信頼できるアプローチなのです。

ドバイでの経営は、日本よりも税務当局の監視が厳しくなる傾向もあり、特に個人と法人の間での利益移転に関しては、当局の関心が高まっています。専門家の助言を受けながら、法令遵守とビジネス効率のバランスを取ることが、長期的な成功のカギとなるでしょう。

 このブログを書いた人

税理士・公認会計士(日本・UAE)。ドバイ在住。日本とドバイで会計事務所を経営しています。税務顧問や会計監査、ドバイへの移住支援を行っています。

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