過去の判例から見る日本の非居住者判定について解説

投稿:2025年11月28日更新:2025年11月28日ブログ

はじめに

日本に住んでいない人であっても、その人の生活の実態がどこにあるのかによって「居住者」と判定されることがあります。逆に日本国内に住んでいるように見えても「非居住者」と判定されることもあります。この居住者判定は、どこの国でいくら納税する必要があるのかを決める非常に重要な問題です。

特にドバイを含む海外での事業展開や移住を検討されている方にとって、この判定は税務上の負担を大きく左右するものとなります。本稿では、過去の裁判例を通じて、日本の非居住者判定がどのような基準で判断されてきたのかについて、具体的に解説していきます。

居住者と非居住者の法律上の定義

所得税法第2条第1項第3号では、「居住者」とは「国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」と定義されています。これに対して「非居住者」とは、居住者以外の個人をいいます。

この定義の中で最も重要な概念が「住所」です。所得税法基本通達2-1では「住所とは各人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する」と定められています。つまり、本人の意思や主観ではなく、客観的な生活の実態がどこにあるのかが判断の基準となるのです。

住所と生活の本拠の関係を示した概念図
「住所」=生活の本拠という法的概念図

最高裁判所の基本的な判断基準

最高裁判所は、昭和35年3月22日判決において「生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般生活、全生活の中心を指すものである」と判示しています。また、昭和32年9月13日判決では「一定の場所がその者の住所とする意思だけでは足りず、客観的に生活の本拠たる実態を必要とするものと解される」と判示しており、単なる主観的な居住意思だけでは住所は決定されないことを明確にしています。

最高裁判所昭和63年7月15日判決では、住所判定に当たっては「その者の住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等」を総合的に勘案して判断すべきであると示しています。

最高裁判決が示す住所判定の主な要素

要素 内容
住居 どこで起居(起臥寝食)しているか
職業 どの国で業務を行い、収入を得ているか
家族 生計を一にする配偶者・子の所在地
資産 主要な資産の所在国
その他 滞在日数や生活実態等の総合判断

武富士事件における大きな転換点

国際税務の歴史において最も重要な判例の一つが、最高裁平成23年2月18日判決、いわゆる武富士事件です。この事件は、消費者金融の大手である武富士の創業者の子どもが、親から海外法人を経由して自社の株を受け取った際の贈与税課税をめぐる事案です。

事案の概要

被告人は、当初日本に住んでいましたが、贈与税の回避を目的として香港に移住し、香港に居宅を設けました。本件期間中、被告人は香港に滞在日数の約65パーセント、日本に約26パーセントの期間を過ごしていました。国税庁は、被告人の住所は日本国内にあると主張し、贈与時点での被告人が日本の居住者に該当するとして、約1330億円の贈与税を課税しました。

裁判の経過と判断

1審の東京地裁は、香港での滞在日数が約65パーセントであり、香港で起臥寝食をしている一方で、日本滞在は約26パーセントに過ぎないことから、日本国内が生活の本拠であるとすることはできないと判示しました。

これに対して、2審の東京高裁は、被告人が贈与税回避を目的として香港に出国し、滞在日数を調整していた事実を重視し、国内で家族が居住していること、役員としての職務を国内で行っていたこと、香港に家財を移転していないこと、国内に資産を保有していることなどから、生活の本拠は国内にあったと判断して、課税処分を適法とする判決を下しました。

しかし、最高裁は、この高裁判決を破棄しました。最高裁は「一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではない」と明言しました。

最高裁の判示を要約すれば以下のようなものです。香港での滞在日数が本件期間中の約3分の2に及んでいること、香港に家財等を移動していない点についても、費用や手続の煩雑さに照らせば別段不合理ではないこと、香港ではアパートメントに滞在していた点も、当時の単身で海外赴任する際の通例や被告人の地位などに照らせば当然の選択であることなどを総合的に考慮すると、客観的な生活の実態に基づく限り、生活の本拠は香港にあったと認定すべきというものです。

この判決は、個人の租税回避意思がいかに明白であっても、客観的な生活の実態がある限り、その生活の本拠がある地を住所と認定すべきであるという法律的な原則を厳格に適用したものとして評価されています。

シンガポール・複数国滞在事件における判例

武富士事件の後、複数の国に滞在する個人の非居住者判定に関する重要な判例が現れました。令和元年5月30日東京地裁判決および令和元年11月27日東京高裁判決では、複数国に滞在する企業代表者の居住者判定が争われました。

事案の背景

この事件の原告は日本法人2社の代表取締役を務める一方で、海外に保有する法人の代表者でもありました。原告の滞在状況は、日本、アメリカ、シンガポール、インドネシア、中国など複数の国に及んでいました。年間を通じて見ても、最も滞在日数が多い国である日本でさえ年間約120日程度の滞在期間に留まっていました。

諸外国に渡航する際には、シンガポールを起点することが多く、シンガポール及びシンガポール起点での諸外国滞在期間を合計すると年間の約4割に達していました。また、原告は米国にコンドミニアム、シンガポールに賃貸住宅を保有していました。

一方で、生計を一にする配偶者と子どもは日本に居住していており、住民票は日本に置かれたままで転出届は提出されていませんでした。保有資産の多くは日本に存在していましたが、シンガポールにも1700万円以上の預貯金がありました。

裁判の判断

東京地裁は、客観的に生活の本拠たる実体があるかどうかについて、滞在日数及び住居、職業、生計を一にする配偶者その他親族の居所、資産の所在、その他の事情などを総合的に考慮すべきと判断しました。

具体的には、日本とシンガポールの滞在日数に大差がないこと、日本・シンガポール以外の国にも相当日数滞在していること、内国法人での業務は月例経営会議や役員会への出席のみであるのに対し外国法人での業務は現地で自ら行わなければならないものが多いこと、配偶者が日本に居住しているのは生活の便宜や教育上の配慮によるものであること、シンガポールにある資産は生活するために十分な額であることなどを総合的に考慮して、生活の本拠は日本ではなくシンガポール周辺にあると判断しました。東京地裁は原告が非居住者に該当すると判示し、課税処分を取り消しました。

この判決が重要な点は、複数国に滞在する場合でも、各国への渡航の拠点を踏まえて総合的に判断する必要があるという点を示したことです。

その後、東京高裁もこの判断を支持し、同様の理由から原告は非居住者に該当するという判決を下しました。国は最高裁への上告を検討しましたが、上告しないことを決定し、この判決が確定しました。

インドネシア250日滞在事件

この事件は、一年のうちインドネシアに250日以上滞在していたにもかかわらず、日本の居住者と認定された平成29年1月23日の国税不服審判所の非公開裁決です。この事件は、武富士事件やシンガポール事件とは異なり、海外滞在日数が多くても居住者と判定される場合があることを示す重要な事例です。

事実関係

請求人は、過去に日本法人およびインドネシアに設立された法人の役員を務めていましたが、これらを退職した後は特定の職業に就いていませんでした。平成25年においては、厚生年金等の公的年金を受給していました。

請求人の滞在状況は、日本102日、インドネシア259日、その他の国4日でした。一見するとインドネシアが圧倒的に長いように見えます。しかし、請求人には生計を一にする妻と共有している土地上に建てた家があり、同所を住民票上の住所とするとともに、日本滞在中は本件居宅で起居していました。妻は本件年中は一度も出国していませんでした。

審判所の判断

国税不服審判所は、以下のような事情を総合的に考慮して、請求人は日本の居住者であると判定しました。

請求人がインドネシアに滞在するために取得していたビザがいわゆるリタイアメントビザであったこと、これは就労を行わないこと、一定額の年金を受給していること、指定された地域において一定額以上の賃料の賃貸物件を借りることを条件としていました。

請求人は特定の職業に就くことなく、その収入の大半を日本の証券会社とのインターネットを利用した有価証券取引によって得ていました。これは重要なポイントで、インドネシアでの就労による収入がないということを示しています。

請求人は、妻と共有している土地上に建築した居宅を所有し、同所に住民票上の住所を定めるとともに、日本滞在中は本件居宅において起居していました。

請求人の妻は、請求人と生計を一にし、本件年中は日本から出国していませんでした。

請求人がインドネシア滞在時に起居していたのは、バリ島所在の長期滞在型ホテルの一室でした。つまり、持ち家ではなく賃貸のホテルでした。

請求人は、国外資産をほとんど有していませんでした。

請求人は、肩書住所地を自己の住所として国民健康保険に加入し、また、平成25年分の所得税等の申告書でも自己の住所を肩書住所地と記載していました。

これらの事情を総合的に考慮すれば、客観的に生活の本拠たる実体を有していたのは日本国内であると認定されたわけです。

この判決が示す重要な点は、たとえ外国に一年の半分以上滞在していたとしても、日本に生計を一にする配偶者がいること、日本に居宅があること、国内での就労やビジネス活動がないこと、外国での滞在がホテルのような一時的なものであること、国外資産がほとんどないこと、などの諸事情によっては、日本の居住者と判定される可能性があるということです。

遠洋マグロ漁船乗組員事件

この事件は、遠洋マグロ漁船を運航する外国の法人に雇用された乗組員が、その乗組員として稼働して得た金員について、課税庁が原告らが日本の居住者であり給与所得に該当するとして所得税を決定した処分の取消しを求めた事件です。

原告の主張と争点

原告らは、遠洋マグロ漁船内で起臥寝食をしていたのであるから、漁船上が職場であるとともに住所であり、所得税法施行令15条1項1号の「国外において、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する」者に該当し、国内に住所を有しない者(非居住者)と推定されるべきであると主張しました。

裁判所の判断

東京地裁は、住所とは各人の生活の本拠をいい、ある場所がその者の住所であるか否かは、社会通念に照らし、その場所が客観的に生活の本拠たるを具備しているか否かによって判断されるべきであると述べました。

さらに、遠洋漁業船など長期間国外で運航する船舶の乗組員は、通常その船舶内で起居し、その生活の相当部分を海上や外国において過ごすことが多いと考えられるところ、その者の生活の本拠が国内にあるかどうかの判断に当たっても、国内の一定の場所がその乗組員の生活の本拠の実体を具備しているか否かを、その者に関する客観的な事実を総合考慮し、社会通念に照らして判断すべきであると述べました。

具体的には、その乗組員が船舶で勤務している期間以外の時期に通常滞在して生活をする場所がどこにあるかなどの客観的な事実を総合して判断することが相当であると解されました。

事実認定と結論

事件では、原告らの土地建物の所有状況、住民登録の有無、居住日数、生計を一にする妻などとの生活状況などを認定した結果、原告らの生活の本拠は日本国内にあると認められ、原告らは居住者であると認められました。つまり、漁船上での滞在日数が長くても、国内で家族と生活をしており、帰国時に滞在する場所が日本にある場合には、生活の本拠は日本にあると判定されるということを示しています。

主要判例の比較(生活の本拠の所在)

事件名 海外滞在日数の特徴 生活の本拠とされた場所
武富士事件 香港約65%・日本約26% 香港
シンガポール・複数国滞在事件 日本約120日、複数国を回遊 シンガポール周辺
インドネシア250日滞在事件 インドネシア259日・日本102日 日本
遠洋マグロ漁船乗組員事件 船上で長期滞在 日本

武富士事件以降の判例が示す傾向

武富士事件以降の判例を分析すると、日本の非居住者判定にはいくつかの明確な傾向が見られます。

第一に、滞在日数だけで判定されるのではなく、生活の実態全体が総合的に判断されるということです。武富士事件では、日本での滞在日数が少なくても、生活の本拠は日本にあると判定されました。一方、インドネシア250日事件では、海外滞在日数が年の半分以上であっても、生活の本拠は日本にあると判定されています。

第二に、配偶者や子どもなど生計を一にする家族の所在地が重要な要素となることです。複数国滞在事件では、配偶者が日本に居住している事実が考慮されましたが、それでも非居住者と判定されたのは、配偶者が本来であれば海外赴任に同行すべき立場にあったのに、本人が複数国を転々としているという特殊な事情があったからです。

第三に、職業や就労の実態が重要であることです。インドネシア250日事件では、請求人が特定の職業に就いておらず、収入がインターネットを利用した有価証券取引から得られていることが、生活の本拠が日本にあるとの判定を支援する要素となりました。一方、複数国滞在事件では、企業代表者としての実質的な経営判断がシンガポール周辺で行われていることが、非居住者判定の重要な要素となりました。

第四に、本人の主観的な意思や租税回避目的は、客観的な生活の実態がある限り、判定の結果を左右しないということです。これは武富士事件で最高裁が明確に示した原則です。

武富士事件以降の非居住者判定の傾向

ポイント 内容
総合判断 滞在日数のみならず、生活実態全体を総合的に判断
家族の所在地 生計を一にする配偶者・子の所在地が重要
職業・就労 どこで仕事をし、意思決定し、収入を得ているかを重視
主観的意思 租税回避目的があっても客観的実態が優先

住所推定の実務的な考え方

所得税法施行令15条では、国内に住所を有する者と推定される場合と、国内に住所を有しない者と推定される場合が定められています。

国内に住所を有する者と推定される場合としては、国内に居住することとなった個人が、国内において継続して一年以上居住することを通常必要とする職業を有することがあげられます。また、日本の国籍を有し、かつ国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその個人の職業および資産の有無等の状況に照らし、国内において継続して一年以上居住するものと推測するに足りる事実がある場合も該当します。

一方、国内に住所を有しない者と推定される場合としては、国外に居住することとなった個人が、国外において継続して一年以上居住することを通常必要とする職業を有することがあげられます。また、外国の国籍を有するか、または外国の法令によりその外国に永住する許可を受けており、かつ国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有さないことその他の事情に照らし、再び国内に帰り主として国内に居住するものと推測するに足りる事実がないことも該当します。

しかし、これらの推定は、客観的事実によって覆される可能性があります。推定は出発点に過ぎず、実際の生活の本拠の判定にあたっては、推定を含めた客観的事実全体を総合的に勘案する必要があります。

ドバイ移住を検討する際の留意点

以上の判例を踏まえると、ドバイに移住を検討されている方は、以下の点に留意する必要があります。

第一に、ドバイへの移住が単なる一時的な滞在ではなく、生活の本拠をドバイに移す実質的な移住であることを客観的に示す必要があります。このため、住民票の転出届を提出すること、ドバイに持ち家を構えること、または相応の長期的な賃借契約を締結することが重要です。

第二に、日本に生計を一にする配偶者や子どもがいる場合は、その取り扱いについて慎重に検討する必要があります。配偶者や子どもを日本に残す場合には、あくまで本人が海外赴任という立場にあり、いずれ帰国することが前提であるかのような事実構成は、生活の本拠がドバイにあるという判定に悪影響を与える可能性があります。

第三に、ドバイでの就労や事業活動の実態を明確にすることが重要です。実際にドバイで意思決定を行い、業務を執行し、収入を得ているという客観的な事実が重要な判断要素となります。

第四に、日本国内の資産や不動産を保有し続ける場合は、それがドバイでの移住決定と矛盾しないか、相応の説明が可能であるかについて検討する必要があります。

第五に、出国時点での税務処理を適切に行うことが重要です。特に、国外転出時課税の対象となる資産がある場合は、事前に専門家に相談の上、適切に対応する必要があります。

非居住者判定に関する実務的な対応

実務上、非居住者判定に関するトラブルを避けるためには、以下の対応が重要です。

まず、転出届を確実に提出して、住民票を抜くことが基本です。次に、国内に納税管理人を置いて、国内での税務申告義務に対応できる体制を整える必要があります。

また、非居住者性を明確にするために、居住証明書の取得やドバイでの就労ビザの取得、ドバイでの銀行口座の開設など、客観的な生活の本拠の移転を示す事実を積み重ねることが重要です。

さらに、複数国に事業を展開される方は、各国の租税条約に基づいた居住者判定を確認しておく必要があります。特に日本とUAE間の租税条約では、個人の居住者判定について国籍や恒久的住居の場所、利益の中心がある場所など複数の判定基準が定められています。

まとめ

日本の非居住者判定は、単なる住民票の有無や滞在日数ではなく、客観的な生活の実態に基づいて総合的に判定されています。武富士事件以降の判例の進展を見ると、この基準は一層厳格かつ総合的に適用されるようになっています。

ドバイに移住される方は、単に海外に移住することだけでなく、生活の本拠がドバイに実質的に移転したことを、客観的な事実を積み重ねることによって示す必要があります。それは、生活をするための住居の確保、現地での就労や事業活動、配偶者や子どもの同行など、多くの要素を含みます。

税務上の問題は、後から修正することが難しく、追徴課税や罰金につながる可能性があります。ドバイでの事業展開や移住を計画される際には、早い段階から税務の専門家に相談し、適切な対応を取ることが極めて重要です。当会計事務所では、このような国際税務の複雑な問題について、実務経験に基づいた的確なアドバイスを提供いたします。非居住者判定やその他の国際税務上のご質問やご不明な点がございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。

 このブログを書いた人

税理士・公認会計士(日本・UAE)。ドバイ在住。日本とドバイで会計事務所を経営しています。税務顧問や会計監査、ドバイへの移住支援を行っています。

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