緊急出国でも居住資格は維持できるか|中東紛争による滞在日数の減少について解説

投稿:2026年6月25日更新:2026年6月25日ブログ

ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。

中東情勢の緊張を受けて、ドバイから一時的に国外へ避難した在住者の方から、税務上の居住資格を失わないかというご相談が当会計事務所に相次いでいます。きっかけは、UAE当局が一時出国した外国人居住者に対し、税務居住資格の判定を柔軟に扱う方針を私的に示したというFinancial Timesの報道です。

この報道は多くの在住日本人にとって朗報のように見えますが、内容を正確に読み解くと、手放しで安心できる話ではありません。あくまでケースバイケースの個別対応であり、公式な制度変更ではない点に注意が必要です。さらに見落とされがちなのが、UAE側の居住資格が維持できたとしても、日本側で非居住者と認められなければ日本の課税リスクが残るという二重の論点です。この記事では、報道の正確な中身と、ドバイ在住者が今とるべき実務対応を整理します。

FTが報じた税務居住緩和の正確な中身

まず報道の事実関係を正確に押さえます。Financial Timesは、UAE当局が一時的に国外へ出た外国人居住者に対し、税務居住資格を維持するための最低滞在日数要件を柔軟に扱う意向を私的に示した、と報じました。背景には、地域情勢の緊張で国外へ避難した在住者の帰還を促し、無税という強みを支えるドバイの金融ハブとしての評判を守る狙いがあるとされています。

ここで重要なのは、この緩和が一律の免除ではないという点です。報道によれば、UAE税務当局は一律免除には慎重で、個別の事情に応じてケースバイケースで対応すると伝えているとされています。つまり、誰でも自動的に滞在日数のカウントが止まるわけではなく、避難の経緯や事情を当局が個別に審査する余地を残した内容です。

もう一点、これはFTの取材に基づく報道であって、連邦税務庁(FTA)が公布した公式ガイダンスではありません。在住者向けの公的なコンサルティング会社も、これは公式見解ではなく税務アドバイスでもないため、報道だけを根拠に長期間UAEを離れる判断をすべきではないと注意を促しています。当会計事務所も同じ立場です。報道は方向性を示すものとして受け止め、実際の判断は公式情報と個別事情に基づいて行う必要があります。

そもそもUAEの税務居住資格はどう判定されるか

緩和報道の意味を理解するには、UAEの税務居住資格の判定ルールを知っておく必要があります。UAEの個人の税務居住は、2022年閣議決定第85号(2023年3月1日施行)と、その実施細則である2023年閣僚決定第27号によって定められています。判定は次の3つのテストのいずれかを満たすかで行われます。

第一に、12か月の連続する期間においてUAEに183日以上物理的に滞在しているという183日テストです。これが最も基本的で、租税条約上も広く認められる経路です。第二に、UAEに90日以上滞在し、かつ有効な居住ビザを保有し、UAEに恒久的な住居を持ち、UAEで事業または雇用に従事しているという90日テストです。第三に、主たる住居と経済的・人的利益の中心がUAEにあるという生活の本拠地テストです。

今回の緩和報道が直接関わるのは、主に滞在日数のカウントに関わる183日テストと90日テストです。緊急避難で国外滞在が長引いた結果、これらの日数要件を満たせなくなる在住者が出てくることを当局が懸念し、個別対応の余地を示したという構図です。逆に言えば、UAEに恒久的な住居と事業基盤があり、生活の本拠地がUAEにあると説明できる方は、日数だけに依存しない経路で居住資格を主張できる余地があります。

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TRC制度は2026年から完全デジタル化された

居住資格を対外的に証明する書類が税務居住証明書(TRC)です。このTRC制度は2025年閣議決定第174号により改正され、2026年1月から大きく運用が変わりました。

主な変更点は2つあります。1つは、紙のTRCが廃止され、暗号化されたQRコードによりリアルタイム検証ができるデジタルTRCのみの発行になったことです。もう1つは、申請のタイミングが前倒しされ、課税期間の終了を待たずに、居住要件を満たした時点で個人はすぐに申請できるようになったことです。TRCはUAEが140以上の国と結ぶ租税条約の特典を受けるための鍵となる書類であり、ゴールデンビザを持っているだけでは取得できません。日本との関係でも、UAE居住者であることを日本側に主張する局面でTRCが重要な役割を果たします。

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ICPの30日猶予期間と税務居住緩和は別物

今回の話題と同時期に、連邦アイデンティティ・市民権・税関・港湾保安庁(ICP)が30日間の猶予期間を発表しており、これと税務居住の緩和を混同される方が少なくありません。両者はまったく別の制度です

ICPの猶予期間は、地域情勢に伴う航空便の停止などでUAEを出国できず、すでに超過滞在罰金を免除されていた個人を対象とするもので、2026年6月10日から7月9日まで適用されます。この期間内に在留資格を正規化するか、罰金なしで出国できるという出入国管理上の措置です。追加の手続きや申請は不要とされています。あくまでビザと出入国に関する救済であって、所得や税務居住資格に関わるものではありません。

一方、FTが報じた税務居住の緩和は、滞在日数要件と居住資格に関わる税務上の論点です。猶予期間でビザの問題が解決したとしても、税務居住資格が自動的に守られるわけではありません。この2つを切り分けて理解することが、誤った安心を避ける第一歩になります。

UAEで居住資格を守れても日本側の課税は残る

ここがドバイ在住の日本人にとって最も重要な論点です。仮にUAE側で税務居住資格を維持できたとしても、それは日本側で非居住者と認められることを保証するものではありません。日本とUAEは別々のルールで居住者判定を行うため、双方を別個に検討する必要があります。

日本の所得税法では、住所または1年以上の居所の有無で居住者か非居住者かを判定します。住所は生活の本拠がどこにあるかで実質的に判断され、滞在日数だけで自動的に決まるものではありません。家族の居住地、資産の所在、職業、国内外の滞在状況などを総合的に見て判定されます。したがって、中東情勢を理由に日本へ一時帰国し、その滞在が長期化した場合、日本側で居住者と認定されて全世界所得に日本の所得税が課されるリスクが生じます。

さらに、出国の局面では国外転出時課税、いわゆる出国税の問題もあります。有価証券や匿名組合契約の出資などの対象資産の合計が1億円以上あり、出国前10年以内に日本国内に5年を超えて住所を有していた方が日本を出国する際には、含み益に対して所得税が課される仕組みです。今回のように緊急避難で出入国を繰り返す状況では、自分が日本の居住者なのか非居住者なのか、出国税の対象になるのかといった判定が一層複雑になります。UAE側の居住資格だけに気を取られず、日本側の判定を必ずセットで確認することが欠かせません。

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よくある間違い

最も多い誤解は、FTの報道を根拠に長期間UAEを離れても税務居住資格は安泰だと考えてしまうことです。報道は一律免除ではなく個別対応であり、公式ガイダンスでもありません。報道だけを頼りに行動すると、後でUAE側の居住資格を否認されるリスクがあります。

次に多いのが、ICPの30日猶予期間で税務居住資格まで守られると考える誤りです。猶予期間はビザと出入国の救済であり、税務とは別の制度です。両者を混同すると、ビザは正規化できたのに税務居住資格を失っていたという事態になりかねません。

そして見落とされがちなのが、UAEで居住資格を守ることばかりに注力し、日本側の居住者判定を確認しないことです。UAE非課税の安心感から日本側の課税リスクを見逃すと、日本で全世界所得課税を受ける可能性があります。緊急避難で一時帰国が長引いた方ほど、日本側の住所判定を早めに確認すべきです。

まとめ

📋 今回のポイント

  • FT報道の税務居住緩和は一律免除ではなく個別対応・FTA公式ガイダンスではない
  • UAE税務居住は閣議決定第85号の3テスト(183日・90日・生活の本拠地)で判定
  • TRCは2026年1月からデジタルのみ・要件充足時点で申請可能
  • ICPの30日猶予期間(6月10日〜7月9日)はビザの救済・税務居住の緩和とは別物
  • UAE側で居住資格を守れても、日本側の非居住者判定は別途確認が必要

当会計事務所は、ドバイ移住と法人設立を専門とする日本人公認会計士として、UAE側の税務居住資格の維持と日本側の非居住者判定の両面から、お客様一人ひとりの状況に応じた助言を行っています。緊急避難で一時帰国が長期化している方、TRCの取得や日本側の住所判定に不安がある方は、できるだけ早い段階での確認をおすすめします。ドバイ移住前後の出国税対応や租税条約の活用についても、実務に即した形でサポートいたします。当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。

根拠条文・出典

  • 2022年閣議決定第85号(Cabinet Decision No. 85 of 2022、個人の税務居住、2023年3月1日施行)
  • 2023年閣僚決定第27号(Ministerial Decision No. 27 of 2023、税務居住の実施細則)
  • 2025年閣議決定第174号(Cabinet Decision No. 174 of 2025、TRC制度改正、2026年1月施行)
  • 連邦法令第28号2022年(Federal Decree-Law No. 28 of 2022)第53条
  • 所得税法第2条(居住者・非居住者の定義)、第60条の2(国外転出時課税)、第137条の2(納税猶予)
  • Financial Times報道(UAE税務居住の柔軟対応に関する報道、2026年)
  • 連邦アイデンティティ・市民権・税関・港湾保安庁(ICP)30日猶予期間の発表(2026年6月10日〜7月9日)

 このブログを書いた人

税理士・公認会計士(JCPA)・UAE公認会計士(EAAA)協会会員。日本とドバイで会計事務所を経営。現地日本企業の税務顧問先100社(上場会社含む)、会社設立実績80社以上。
ドバイ法人の会計監査や税務申告、ドバイ移住支援を行っています。

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