ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
UAEは2026年6月12日付でCabinet Decision No.105 of 2026に署名し、同年6月29日の官報第826号で公表しました。これは競争法(Federal Decree-Law No.36 of 2023)に基づく届出や申請に関する公式な手数料を初めて定めるもので、2026年7月29日に施行されます。とりわけ企業の合併や買収に関わる経済的集中(Economic Concentration)の審査申請に、参加事業者の売上に連動した手数料が導入される点が実務上の焦点です。ドバイで事業拡大や事業売却を検討する日本人経営者にとって、M&Aのコストと手続を見積もるうえで押さえておくべき改正です。今回はこの手数料制度の中身を、公認会計士の視点で整理します。一次情報としてBracewellの解説が参考になります。
これまで手数料が定まっていなかった背景
UAEの競争法は2023年に大きく改正され、経済的集中の事前届出制度が整備されました。届出のしきい値はCabinet Decision No.3 of 2025で定められ、詳細な手続はCabinet Decision No.59 of 2026の施行規則で導入されました。しかし、実際にいくら手数料を払うのかという肝心の点が長らく空白のままでした。今回のDecision No.105は、この運用上の空白を埋め、届出や各種申請に伴う費用を明確にした位置づけになります。施行規則が2026年7月30日に施行されるのに対して、手数料の決定はその1日前の7月29日に先んじて施行される点も特徴です。
M&A審査の手数料はいくらかかるのか
今回定められた手数料の中で、企業にとって最も影響が大きいのが経済的集中の審査申請にかかる費用です。これは参加するすべての事業者の年間売上高の合計の0.02%として計算され、上限はAED15万、円換算で約645万円です(1AED43円換算)。売上に連動する仕組みのため取引規模が大きいほど手数料も増えますが、上限が設けられているため、大型案件であっても手数料自体が過大な障壁になりにくい設計といえます。
その他の申請にかかる手数料
経済的集中の審査以外にも、いくつかの手数料が定められました。制限的合意(第5条)、支配的地位(第6条)、経済的依存(第7条)、価格引下げ(第8条)に関する適用除外の申請は、いずれも一律AED5,000、約21万5,000円です。経済的集中に対する異議申立ては1件あたりAED1,500、約6万4,500円で、比較的低額に抑えられているため第三者による異議の敷居を下げる効果が見込まれます。競争法に基づく決定に対する不服申立ては1件AED500、約2万1,500円で、申立てが認められた場合には返金される仕組みになっています。
| 申請の種類 | 手数料 |
| 経済的集中の審査申請 | 売上合計の0.02%(上限AED15万・約645万円) |
| 適用除外の申請(第5〜8条) | 各AED5,000・約21万5,000円 |
| 経済的集中への異議申立て | AED1,500・約6万4,500円 |
| 決定への不服申立て | AED500・約2万1,500円(認容時は返金) |
手数料以外に必要となる書類と手続
経済的集中の審査で必要になるのは手数料だけではありません。申請にあたっては、手数料の支払いを証明する書類に加えて、直近3事業年度分の監査済み財務諸表、そして包括的な経済報告書の提出が求められます。日本本社とドバイ子会社が絡む再編では、双方の財務諸表を整えるだけでも相応の準備期間を要します。異議申立ての期限は、経済省が基本情報をウェブサイトで公表してから15営業日以内と定められており、対応のスピードも問われます。2026年7月30日からは、こうした書類要件を含む手続の全体像が本格的に稼働します。
ドバイ移住者とM&A実務への影響
ドバイに拠点を移して事業を営む日本人経営者にとって、この手数料制度は将来の出口戦略に直結します。事業を拡大するために同業を買収する場合も、逆に事業を売却して日本や第三国に移る場合も、届出のしきい値を超える取引であれば審査申請が必要になり、そのつど売上連動の手数料と大量の書類準備が発生します。とりわけ、ドバイ移住後に含み益を抱えた事業を売却する局面では、UAE側の競争法手続と、日本側の国外転出時課税や譲渡所得課税を同時に見据えた設計が欠かせません。当会計事務所は、こうした国境をまたぐ再編を数多く手掛けてきました。
また、手数料が売上高に連動する点は、複数の事業体をまたいでドバイに進出している企業ほど影響が大きくなります。経済的集中の審査手数料は、取引に参加するすべての事業者の年間売上高を合算して計算されるため、グループ全体の規模が大きい場合には上限のAED15万に達しやすくなります。逆に、単体の売上が小さい事業であっても、しきい値を超える組み合わせであれば届出が必要になり得ます。買収の対象がどの範囲まで審査に含まれるのかを、案件の初期段階で正確に見極めておくことが、後日の想定外の負担を避ける近道になります。日本側で事業譲渡類似株式の課税やみなし配当の論点が絡む場合には、両国の税務と競争法手続を並行して検討する必要があります。
よくある間違い
今回の改正をめぐって、日本人経営者が誤解しやすい点を3つ挙げます。1つ目は、手数料さえ払えば審査はすぐ通るという思い込みです。実際には監査済み財務諸表や経済報告書の提出が前提であり、書類の準備こそが本丸になります。2つ目は、手数料が青天井で高額になるという誤解です。上限がAED15万に設定されているため、大型案件でも手数料自体は限定的です。3つ目は、この制度がUAE国内の大企業だけの話だという思い込みです。届出のしきい値を超えれば、日本人が営む中規模の事業再編も対象になり得ます。
これらはいずれも、日本のM&A実務の感覚だけで判断すると見誤りやすい論点です。ドバイで事業の拡大や売却を視野に入れているのであれば、施行前の段階から手続とコストを織り込んでおくことが安全策になります。
まとめ
📋 今回のポイント
- Cabinet Decision 105/2026が競争法の届出手数料を初めて明確化、7月29日施行
- 経済的集中の審査は売上合計の0.02%、上限AED15万・約645万円
- 適用除外の申請は各AED5,000、異議申立ては AED1,500 など低額に設定
- 申請には直近3期の監査済み財務諸表と経済報告書が必要
- 異議申立ての期限は公表から15営業日以内
- ドバイでの事業拡大や売却の出口戦略に直結する制度
当会計事務所は、ドバイと日本の双方に拠点を持つ日本人公認会計士として、UAEでのM&Aや事業再編に伴う競争法の届出対応、監査済み財務諸表や経済報告書の準備、日本側の課税との調整まで一貫してサポートしています。ドバイでの買収や事業売却を検討していて、競争法の新しい手数料と手続への対応に不安のある方は、当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。
根拠条文・出典
- Bracewell – Cabinet Decision No.105 of 2026の手数料解説(2026年7月16日)
- Cabinet Decision No.105 of 2026(競争法の実施手数料)
- Federal Decree-Law No.36 of 2023(競争規制法)
- Cabinet Decision No.3 of 2025(届出しきい値)/No.59 of 2026(施行規則)


