ドバイの不動産会社や仲介会社からオフプラン物件を紹介されると、多くの場合、支払先として「エスクロー口座」の銀行情報が提示されます。
一見それらしく見えるIBANや銀行名が並んでいても、本当にドバイ政府が認めたプロジェクト専用のエスクロー口座なのか、自分で確認できないと不安が残ってしまいます。
ドバイではオフプラン物件に対するエスクロー口座の開設が法律で義務付けられており、適切に運用されていれば投資家にとって強力な安全装置になります。一方で、未登録のプロジェクトや、エスクローを通さずに直接口座へ振込を求める手口も依然として存在します。
この記事では、ドバイの公的なツールや法令をベースに、オフプラン不動産のエスクロー口座が「本物かどうか」を自分でチェックする方法と、怪しいパターンの見分け方を整理して解説します。

オフプランとエスクロー口座の基本を整理
まず前提として、ドバイのオフプラン取引とエスクロー口座の関係を簡単に整理します。
ドバイでは、建設前や建設途中の物件を販売する場合、デベロッパーはプロジェクトごとに専用のエスクロー口座を開設し、購入者からの支払は原則として全てその口座に入金しなければならないとされています。
イメージとしては、次のような資金の流れになります。
購入者
↓
プロジェクト専用のエスクロー口座
↓
工事進捗に応じて、DLDやトラスティー銀行のチェックを経てデベロッパーに資金が払い出される
ここで重要なのは、次の三点です。
- 口座はプロジェクト専用の名義で開設されること
- 口座を管理するのは、ドバイ土地局が承認した銀行であること
- デベロッパーは工事進捗報告や現地調査などを経て、段階的にしか資金を引き出せないこと
この仕組みにより、過去に問題となった「買主から集めた資金を他のプロジェクトや運転資金に流用してしまう」といった行為が抑制されています。
ドバイでエスクロー口座が義務付けられている理由
ドバイ首長国では、エスクロー口座について「Law No 8 of 2007」と呼ばれる法律が制定されており、オフプラン開発に対する詳細なルールが定められています。
主なポイントは次の通りです。
- オフプランで販売される全てのプロジェクトは、事前にドバイ土地局へ登録しなければならないこと
- デベロッパーは各プロジェクトごとに専用エスクロー口座を開設し、購入者からの支払を必ずその口座に入金させなければならないこと
- 口座の管理はドバイ土地局に承認された銀行やトラスティーが行い、工事進捗と連動して資金を払い出すこと
- 完成後もしばらくの間は一定割合の資金を留保し、瑕疵対応などに備えること
さらに、ドバイ土地局やRERAは、必要な登録を行わずにオフプランを販売したデベロッパーに対して多額の罰金を科しており、実際に複数の開発会社が罰金処分を受けた事例も公表されています。
このように、法令と行政による監督が一体となって、エスクロー制度が機能する仕組みになっています。

エスクロー口座が本物かを確認する三つのステップ
ここからは、実際に提示されたエスクロー口座情報が本物なのかを確認するための具体的な手順を整理していきます。
大きく分けると、次の三つのステップで考えると分かりやすくなります。
ステップ1:プロジェクトそのものがDLDに正式登録されているかを確認する
ステップ2:公的な情報に表示されるエスクロー情報と、デベロッパーが提示する口座情報を突き合わせる
ステップ3:デベロッパーや仲介業者のライセンス状況も合わせて確認する
ステップ一 ドバイ土地局の公式情報でプロジェクト登録とエスクローの有無を確認する
最初に行うべきなのは、そもそもそのプロジェクトがドバイ土地局に正式登録されているかどうか、そして登録情報の中にエスクロー口座が存在するかを確認することです。
公式な確認方法は次の二つです。
- Dubai RESTアプリ
- ドバイ土地局のウェブサイトにあるプロジェクトステータス照会サービス
Dubai RESTアプリは、ドバイ土地局が提供する公式アプリで、プロジェクトの登録状況や進捗、エスクロー口座の情報などを参照することができます。
Dubai RESTアプリでの一般的な操作手順
アプリの画面構成はバージョンによって変わる場合がありますが、多くの解説や不動産会社の情報では、概ね次のような流れで確認できると紹介されています。
| ステップ | 説明 |
|---|---|
| 1 | Dubai RESTアプリをインストールし、UAE Passまたはアカウントでログインする |
| 2 | サービスメニューからプロジェクト関連の照会サービスを選択する(プロジェクトステータス照会やMashrooiサービスなど) |
| 3 | プロジェクト名やデベロッパー名、エリアなどを入力し検索する |
| 4 | 詳細画面を開き、プロジェクト名、デベロッパー名、完成予定日、進捗率、エスクロー口座情報などを確認する |
ドバイ土地局の公式案内や不動産関連の解説では、Dubai RESTアプリのプロジェクトステータス画面に、建設進捗の割合や現場写真、エスクロー口座番号などが表示されると説明されています。
DLDウェブサイトでの確認
Dubai RESTアプリの利用が難しい場合には、ドバイ土地局のウェブサイトにあるプロジェクトステータス照会サービスを利用する方法もあります。こちらも基本的には、プロジェクト名などを入力して検索し、登録済みプロジェクトの一覧から対象案件を選択していく流れになります。
公式情報で確認しておきたい項目
次の表は、Dubai RESTやDLDサイトで確認しておきたい主な項目と、チェックのポイントを整理したものです。
| 確認項目 | チェックのポイント |
|---|---|
| プロジェクト名 | 仲介会社やパンフレットの名称と一致しているか確認する |
| デベロッパー名 | 契約書や広告に記載された社名と一致しているか確認する |
| プロジェクト番号やRERA番号 | 正式な番号が付されているか確認する |
| 登録状況 | オフプランとして登録されているか、ステータスに問題がないか確認する |
| 建設進捗 | 実際の現場の状況と大きな乖離がないか確認する |
| エスクロー口座情報 | エスクロー口座が登録されているか、銀行名や番号を確認する |
ここでプロジェクト自体がヒットしない場合や、エスクロー口座が登録されていない場合は、慎重な検討が必要になります。
ステップ二 提示されたエスクロー口座情報と公式情報を突き合わせる
次に行うべきなのは、デベロッパーや仲介会社から提示されたエスクロー口座情報と、公式情報を一つ一つ照らし合わせることです。具体的には、次の点を確認します。
口座名義がプロジェクト名と一致しているか
ドバイのエスクロー法では、エスクロー口座はプロジェクトごとの専用名義で開設されることが求められています。一般的には、プロジェクト名やデベロッパー名が含まれた名義になっており、個人名や関係の薄い会社名になっていないかどうかを確認します。
銀行がDLDに承認されたトラスティー銀行か
エスクロー口座は、ドバイ土地局に承認された銀行やトラスティーによって管理されます。Dubai RESTや公式サイトに表示される銀行名と、提示された口座情報の銀行名が一致しているかを確認します。
口座番号やIBANが公式情報と矛盾していないか
Dubai RESTアプリなどで口座番号まで確認できる場合は、提示されたIBANと一致しているかどうかを照合します。公式情報が銀行名までの表示にとどまるケースでも、少なくとも銀行名と名義の整合性はチェックしておきたいところです。
契約書上の支払先と齟齬がないか
セールスアンドパーチェスアグリーメントやSPAと呼ばれる売買契約書には、支払先としてエスクロー口座が明記されているのが通常です。契約書に記載された支払先と、実際に提示される振込先が異なる場合には、必ずその理由を確認し、納得できない限り送金しないことが重要になります。
ドバイ土地局発行の領収書が発行されているか
オフプランの支払については、ドバイ土地局のシステムを通じた支払が行われた場合、当局発行のフィーペイメントレシートなどの証憑を取得できるとされています。支払後にこうした公式レシートの提供があるかどうかも、エスクロー口座が適切に利用されているかを判断する材料になります。
これらを総合して、次のようなケースには注意が必要です。
Dubai RESTに表示される銀行名と、提示されたエスクロー口座の銀行名が全く異なる
本来はプロジェクト名が入るはずの口座名義が、個人名や関係の薄い別会社名になっている
契約書に記載された支払先とは別の口座への振込を強く勧められる
支払後に、ドバイ土地局発行の正式なレシートを出せない
このような場合には、必ず追加の説明や証憑を求め、納得できなければ支払を見送ることをお勧めします。
ステップ三 デベロッパーや仲介会社のライセンス状況も合わせて確認する
エスクロー口座の確認と並行して行っておきたいのが、デベロッパーや仲介会社のライセンス状況の確認です。
- デベロッパーについては、ドバイ土地局やRERAの登録情報を確認し、正式に登録された開発会社かどうかを確認します
- 仲介会社や担当エージェントについては、RERAのブローカー登録や専用アプリでライセンス番号を照会し、有効な登録であるかどうかを確認します
最近の不動産詐欺の解説では、未登録のデベロッパーやライセンスのない仲介業者が介在する取引ほどトラブルが多いと指摘されており、公式ライセンスの確認はエスクロー口座の真偽を測る一つの指標にもなります。

よくある危険パターンとエスクロー口座の「偽物サイン」
近年のドバイ不動産市場では、エスクロー口座やオフプランを悪用した詐欺のパターンが世界中の投資家向けに注意喚起されています。代表的なパターンを整理すると、次のようになります。
| パターン | 典型的なサイン | 推奨される対応 |
|---|---|---|
| プロジェクト未登録のまま販売 | Dubai RESTやDLDサイトでプロジェクトがヒットしないのに、販売が進んでいる | 登録状況とRERA番号の提示を求め、確認できなければ契約を見送る |
| エスクローを使わず直接入金を求める | デベロッパーや個人名義の通常口座への送金を強く勧められる | エスクロー口座を通さない支払は原則避ける。公式情報との整合性を確認する |
| 口座名義や銀行名の不一致 | Dubai RESTに表示される情報と、提示された口座情報が一致しない | 必ず公的情報と照合し、不一致の理由について第三者専門家に相談する |
| 異常に高い前金や割引条件 | 相場より大幅に安い価格と引き換えに、高額な前払金を求められる | 相場から大きく乖離した条件は慎重に検討し、第三者評価も参考にする |
| ライセンスのない仲介業者 | RERAのライセンス番号を出せない、名刺の会社名と登録情報が一致しない | Dubai Brokersアプリでライセンスを確認し、登録のない業者との取引は避ける |
特に、日本居住のまま海外からオンラインで契約手続だけを進めるケースでは、現地での実地確認が難しい分、上記のようなチェック項目を一つ一つ潰していくことがリスク管理につながります。
プロジェクトが遅延や中止になった場合のエスクローの働き
エスクロー口座が本物であったとしても、プロジェクトが必ず予定通り進むとは限りません。この点についても、ドバイのエスクロー法や関連規制では、プロジェクトの遅延や中止に対する枠組みが整備されています。
一般的な説明としては、次のような流れが紹介されています。
- プロジェクトが重大な遅延や資金問題に直面した場合、RERAが状況を調査し、是正措置や開発の継続可否を判断する
- 継続が困難と判断された場合、プロジェクトの中止が決定され、エスクロー口座内の資金について監査が行われる
- 口座内に残る資金を基に、購入者への返金や精算が行われ、残高が不足する場合でも、一定の手続を通じて優先的な配分が検討される
また、エスクロー口座を通して支払が行われている場合には、支払履歴が明確に記録されているため、返金や紛争解決の場面でも重要な証拠となります。
この観点からも、エスクロー口座を通さない支払や、現金、第三国の口座などへの送金は極力避けた方が安全だといえます。
日本人投資家が税務面や証拠管理で意識しておきたいこと
会計事務所の立場からは、エスクロー口座の真偽を確認することに加えて、将来の税務調査や資産管理の観点からも、証拠書類をきちんと整理しておくことをお勧めします。
具体的には、次のような点が重要になります。
- オフプラン物件の購入契約書やOqood証明など、権利関係を示す書類を体系的に保管しておくこと
- 各支払について、エスクロー口座への送金記録、銀行の送金控え、ドバイ土地局発行の領収書などをセットで保管しておくこと
- 日本居住者の場合は、国外財産調書や財産債務調書の提出義務の有無も含め、海外不動産投資としての位置付けを整理しておくこと
- 日本法人が投資した場合には、支払時点で前渡金として計上し、完成引渡時点で固定資産計上するなど、会計処理の方針を明確にしておくこと
- 将来的にドバイ法人を通じて不動産投資を行う場合には、日本側のタックスヘイブン対策税制など、国際税務上の論点もあわせて検討すること
エスクロー口座が本物であるかどうかは、不動産投資の安全性だけでなく、税務や会計の証拠書類の信頼性にも直結します。後から「どこに、いくら、どのような根拠で支払ったのか」を第三者に説明できる状態を作っておくことが大切です。
まとめ
ドバイのオフプラン不動産におけるエスクロー口座は、適切に機能していれば投資家を守る強力な仕組みですが、その効果を十分に享受するためには、購入者側でも一定の確認作業が欠かせません。
ポイントを整理すると、次の通りです。
まずDubai RESTアプリやドバイ土地局の公式サイトで、プロジェクトが正式に登録されているか、エスクロー口座が設定されているかを確認する
デベロッパーから提示されたエスクロー口座の銀行名、口座名義、IBANが、公式情報や契約書と矛盾していないかを一つ一つ突き合わせる
エスクローを使わない支払や、未登録プロジェクトの販売、ライセンスのない仲介業者による勧誘などは、典型的なリスクサインとして慎重に対応する
プロジェクトが遅延や中止になった場合でも、エスクロー口座を通じて支払が行われていれば、返金や紛争解決の面でも有利になりやすい
日本人投資家にとっては、これらの確認に加え、契約書や送金記録、ドバイ土地局発行の領収書などを体系的に保管し、日本側の税務や会計処理にも耐えうる証拠を整備しておくことが望ましい
実際の案件ごとに、プロジェクトの状況や契約条件、投資家ご本人の居住地や法人構成などによって検討すべきポイントは変わってきます。具体的な案件について「このエスクロー口座は本当に大丈夫なのか」「税務上どう整理すべきか」といった疑問がある場合には、ドバイの不動産実務と日本UAE双方の税制に通じた専門家へ早めにご相談いただくことをお勧めします。
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