ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
会社を経営していると、業績によって黒字になることもあれば、赤字になってしまうこともあります。法人税は黒字になった(課税所得が発生した)場合にその利益の金額に対して税金がかかる制度ですので、黒字になった場合は税金を支払うことになりますが、赤字になったとしても税金が還付されるわけではありません。
しかし、赤字になってしまった場合でも税負担が過大にならないように一定の救済措置があります。本記事では、過去の赤字を繰り越すことができる繰越欠損金(Tax Loss Carry Forward)制度について、UAE法人税法上の取扱いを実務的に解説します。
2026年6月 最新情報
UAE連邦税務庁(FTA)は2026年6月25日付で、法人税の損失に関する基本情報ブルテン(Basic Tax Information Bulletin – Corporate Tax Losses)を質疑応答形式で公表しました。これは新たな法改正ではなく、本記事で解説している第37条から第39条の繰越欠損金ルールを実務者向けに整理し直したものになります。あわせて本記事末尾に、今回のブルテンが念押しした要点と、スモールビジネスレリーフを選んだ年度の損失の取扱いについて追記しました。
繰越欠損金とは何か
繰越欠損金を一言で説明すると、ある一定期間において損失が出てしまった場合に、その損失を将来の所得と相殺することで将来の納税額を減らす効果がある金額のことを指します。
例えば、以下のようなケースを考えてみます。
- 会社設立後、最初の1期目は設備投資や支出が重なり△50の損失が出た
- 2期目も営業活動が思うように振るわず、△200の損失が生じた
- 3期目は設備投資や販路開拓が成功し、500の利益が出た
もし繰越欠損金という制度がなければ、1期目は赤字のため税金は0、2期目も同様に税金は0となり、3期目は 500×9%=45 の納税が発生することになります。
この場合、1期目から3期目までのトータルとしてみたときに、通期では250の利益しか出ていないにも関わらず、45の納税が発生しています。この場合の実効税率は 45÷250=18% となります。
しかし、繰越欠損金という制度があることで、1期目と2期目の損失額は将来に繰り越され、3期目の黒字と相殺されることになります。
| 期 | 課税所得 | 繰越欠損金控除 | 税額(9%) |
| 1期目 | △50 | - | 0 |
| 2期目 | △200 | - | 0 |
| 3期目 | 500 | △250 | 22.5 |
| 通期合計 | 250 | - | 22.5 |
3期目の課税所得を具体的に計算すると、500-50-200=250が税金の対象になる課税所得となります。これによって、納税額は250×9%=22.5に減少し、実効税率は22.5÷250=9%と正しい税率に収束します。
繰越欠損金の制度により、仮に赤字が続いた場合であっても、将来の税額のマイナス効果を繰り越せるという形を取ることで、税金のクッションのような役割が果たされているのです。
UAE法人税の繰越欠損金制度
繰越期間と控除上限
UAEにおいては、繰越欠損金を無制限に繰り越すことができます(Corporate Tax Law第37条1項)。つまり、赤字が出た場合は繰越期間に上限はありません。
ただし、繰り越した繰越欠損金は会計期間における課税所得の75%までしか控除することができません(同条2項)。例えば3期目の課税所得が500の場合、繰越欠損金で控除できる上限は500×75%=375までとなり、それを超える残高は翌期以降に繰り越されます。
日本(10年繰越・控除上限50%※中小企業以外)や米国(80%控除上限)と比較しても、UAEは「無制限繰越+75%控除上限」という納税者に有利な制度設計です。
法人税施行前の欠損金は対象外
2023年6月以前の法人税施行前に発生した欠損金や、法人税の課税対象者になる前に発生した欠損金については、法人税の対象となっていないことから法人税の削減効果も認められていません。よって、繰越欠損金として繰り越せないということになります(第37条3項)。
UAE法人税は会計年度ベースで2023年6月1日以後開始する事業年度から適用されているため、たとえば暦年決算法人であれば2024年1月1日以後開始事業年度に発生した欠損金から繰越の対象です。
欠損金の譲渡(Transfer of Tax Loss)
以下の条件がすべて満たされる場合、繰越欠損金を別の課税対象者の課税所得と相殺し、課税所得を軽減することができます(第38条1項)。
| No. | 要件 |
| 1 | どちらの課税対象者もUAE居住者であること |
| 2 | 一方が他方に対して少なくとも75%を直接または間接に所有していること(または共通の第三者が両者を75%以上所有していること) |
| 3 | いずれの者も法人税の免除者(Exempt Person)に該当しないこと |
| 4 | いずれの者も適格フリーゾーン者(QFZP)に該当しないこと |
| 5 | 両者の会計年度の終了日が同じであること |
| 6 | 同一の会計基準(IFRSまたはIFRS for SMEs)で財務諸表を作成していること |
繰越欠損金は原則として会社単体の概念ですが、資本関係が75%以上あり、会計基準や事業年度など前提条件が揃ったグループであれば、繰越欠損金をグループとして使うことができるという規定になります。これは、課税対象者の所有権が継続している、あるいは事業が継続しているとみなされるためです。
注意点として、QFZP(適格フリーゾーン者)はこの欠損金譲渡制度の対象外です。QFZPの0%税率と欠損金譲渡は併用できないため、グループ設計の段階でいずれを優先するかの判断が必要です。
繰越欠損金の利用制限(Anti-Abuse Rule)
繰越欠損金は、以下のケースに該当する場合、繰越欠損金の利用が制限される可能性があります(第39条1項)。これは、将来欠損金の回収見込みがないと判断した株主(売手)が利益の出ている会社に株式を譲渡し繰越欠損金を相殺する権利を売却することで売却益を得る行為、もしくは課税所得が出ている法人(買手)が欠損金を持つ法人を買収することにより法人税額を人為的に減少させる、いわゆる「欠損金取引(Loss Trafficking)」を防止するための規制です。
- 欠損金が発生した会計期間以後において、株主等の50%超の所有者が変更されていること
- 株主等の変更後、同一または類似の事業を行っていないこと
つまり、所有者変更(50%超)と事業変更が両方発生した場合に限り、繰越欠損金の使用が制限されます。所有者変更のみであれば、同一または類似事業を継続している限り欠損金は引き継がれます。
同一または類似事業の判定基準
同一または類似の事業または事業活動を継続しているかどうかは、以下のように判断します(第39条2項)。
- 所有権が変更される前と同じ資産の全部または一部を使用していること
- 所有権が変更された後、その事業のアイデンティティや運営に重大な変更がないこと
M&Aで赤字会社を買収する場合、買収後も同じ事業を継続するのであれば繰越欠損金は通常引き継げますが、業態転換を予定している場合は事前のシミュレーションが不可欠です。
申告実務上の留意点
- 欠損金管理台帳の整備:会計年度ごとに発生額・使用額・残高を継続的に管理する台帳を作成し、申告書に添付できる体制を整える
- 監査済財務諸表との整合:売上5,000万AED超の法人は監査済財務諸表ベースで欠損金額が確定するため、監査スケジュールと申告スケジュールを連携させる
- QFZPステータスの変動:QFZPステータスを失った場合、欠損金譲渡の対象になり得るため、毎期のQFZP適格性判定が重要
- 株主変更時の事前判定:50%超の株主変更が見込まれる場合、事前に繰越欠損金残高と事業継続要件を確認し、欠損金消滅リスクを評価する
- FTAガイダンス:欠損金の詳細な実務はFTA Tax Loss Relief Guide (CTGTLR1)で詳細に解説されており、最新版を参照することが推奨されます
2026年6月のFTAブルテンが念押しした要点
FTAが2026年6月25日に公表した基本情報ブルテンは、繰越欠損金の制度そのものを変えるものではありません。ただし、これまで複数のガイダンスに分散していた論点を質疑応答形式でまとめ直したことで、実務上どこを誤りやすいかが改めて明確になりました。本記事で解説した内容のうち、特に念押しされたポイントを整理します。
第一に、繰り越せるのは会計上の赤字そのものではなく、法人税法上の調整を加えた後の課税所得がマイナスになった金額です。帳簿が赤字でも、損金不算入項目などを加減算した結果として課税所得がプラスになれば、繰り越せる税務上の損失は生じません。
第二に、課税所得の75%という控除上限は、損失の残高に掛けるものではなく、その年度の課税所得に対する上限です。課税所得100万ディルハム、繰越欠損金200万ディルハムの会社であれば、使えるのは75万ディルハムで、残る25万ディルハムには通常どおり9%が課されます。この相殺は任意ではなく強制適用であり、将来のために損失を温存する選択はできません。
第三に、損失の繰戻し(過去の黒字年度への充当)は認められていません。日本のように欠損金の繰戻し還付を受ける仕組みはなく、将来の利益との相殺のみが認められる点に注意が必要です。
スモールビジネスレリーフを選んだ年度の欠損金
立ち上げ期のドバイ法人で見落とされやすいのが、スモールビジネスレリーフとの関係です。ある年度にスモールビジネスレリーフを選択すると、その年度は課税所得がないものとして扱われます。その結果、その年度に生じた損失を繰越欠損金として将来に繰り越すことはできません。
売上が一定の基準以下で赤字が見込まれる立ち上げ期に、目先の申告負担を軽くするためレリーフを選ぶか、それとも損失を繰り越して将来の黒字と相殺できる余地を残すかは、その後の収益見通しによって有利不利が分かれます。当会計事務所では、初年度から数年の損益見通しを踏まえて、レリーフの選択と欠損金の繰越のどちらを優先すべきかを助言しています。設立直後の判断が後年の税負担に影響するため、申告前の段階で方針を固めておくことをおすすめします。
まとめ
📋 今回のポイント
- UAE法人税の繰越欠損金は無制限に繰越可能(第37条1項)、ただし各事業年度の控除上限は課税所得の75%まで(同条2項)
- 2023年6月1日以後開始事業年度に発生した欠損金のみ対象。施行前および課税対象前の欠損金は繰越不可(第37条3項)
- 欠損金譲渡は75%以上の資本関係・両者UAE居住者・QFZP不可・同一会計年度・同一会計基準が要件(第38条)
- 株主50%超変更+事業内容の重大変更があった場合、繰越欠損金の使用が制限される(第39条/欠損金取引防止規制)
- QFZPは欠損金譲渡の対象外。グループ設計時にQFZP適用と欠損金グループ利用のどちらを優先するかが論点
- 75%控除上限は強制適用・繰戻し還付なし・スモールビジネスレリーフ選択年度の損失は繰越不可
当会計事務所は、UAE法人税の繰越欠損金管理、欠損金譲渡の適用判定、M&A時の欠損金引継ぎシミュレーション、QFZPステータスとのバランス設計まで一気通貫でサポートしております。欠損金の取扱いや利用方法について疑問点や不安がある法人様は、お気軽にご相談いただくことをおすすめします。
根拠条文・出典
- Federal Decree-Law No. 47 of 2022 on the Taxation of Corporations and Businesses(第37条・第38条・第39条)
- FTA Tax Loss Relief Guide (CTGTLR1)
- Corporate Tax General Guide (CTGGCT1)
- UAE Federal Tax Authority Corporate Tax公式
- FTA Basic Tax Information Bulletin – Corporate Tax Losses(2026年6月25日公表)




