ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
UAEは規制を最小限に抑えて外国企業や富裕層を誘致してきた一方、資金洗浄への対策として近年はコンプライアンス規制が急速に整備されています。そして2025年にはAML法制そのものが入れ替わりました。長年の根拠法であったFederal Decree-Law No. 20 of 2018は廃止され、現在はFederal Decree-Law No. 10 of 2025とその施行規則である閣議決議第134号(2025年)が適用されています。本記事では、AML・ESR・UBOの3大コンプライアンス制度について2026年時点の最新の姿を整理します。
AML(マネーロンダリング防止)の概要と対象企業
AML(Anti Money Laundering)は、犯罪収益の出所や真の所有者を隠して表の経済に取り込む行為を防ぐ規制です。不動産や貴金属の購入、飲食店を装った売上の流入などが典型的な手口です。UAEのAML規制は金融機関だけでなく、DNFBP(Designated Non-Financial Businesses and Professions、指定非金融業・専門職)に該当する事業者にも幅広く適用されます。さらに2025年の新制度では、暗号資産サービスプロバイダー(VASP)も制度の中核に明示的に取り込まれました。
DNFBPに該当する業種
UAE経済観光省の公式ガイダンス(DNFBP該当判定のページ)および2025年の施行規則により、DNFBPの範囲は次のとおりです。
| 業種カテゴリー | 具体例 |
| 不動産 | 不動産ブローカー、仲介業者 |
| 貴金属・宝石 | 金・宝石・貴金属ディーラー(DPMS) |
| 専門業 | 会計士、監査法人、法律コンサルタント |
| 企業サービス | 企業サービスプロバイダー(CSP)、信託 |
| 商業ゲーミング(2025年に追加) | カジノ、オンラインゲーミング、宝くじ |
商業ゲーミング事業者がDNFBPに加わったのは2025年の施行規則からで、オンライン取引では単一取引または関連取引の累計がAED11,000(約47万3,000円、1AED=43円換算)で報告閾値に達します。
AML実務上の主要義務
DNFBPに該当する事業者は、次の義務を履行する必要があります。
- goAMLポータルへの登録とコンプライアンスオフィサー(MLRO)の任命
- 顧客デューデリジェンス(CDD)の実施。閾値は金融機関がAED55,000(約236万5,000円)以上、VASPがAED3,500(約15万500円)以上
- 疑わしい取引報告(STR)の金融情報機関(FIU)への提出。新制度では直ちに提出する必要があります
- 取引記録の5年間保持。防犯カメラやATMの記録、分析結果も対象です
- 全社的リスク評価に拡散金融のリスクを組み込むこと
AML違反時の罰則
2025年の新法では法人罰金の上限が引き上げられました。代表者やマネージャーが法人のためにマネーロンダリング、テロ資金供与または拡散金融の犯罪を行った場合、法人には最大AED1億(約43億円)の罰金が科され得ます。従前の上限はAED5,000万でした。拡散金融の犯罪には最長15年の拘禁刑とAED100万以上AED1,000万以下の罰金、または犯罪収益の2倍のいずれか大きい額が定められています。
2025年にAML法制の根拠法が入れ替わりました
ここが本記事でもっとも重要な更新点です。旧法は廃止され枠組み全体が新法へ移ったため、社内規程が旧法を引用したままの場合は差し替えが必要になります。
連邦令第10号(2025年)が旧法を全面廃止しました
Federal Decree-Law No. 10 of 2025は2025年10月に公布され、2025年10月14日に発効しました。法律の名称に初めて拡散金融対策が明示されています。加えて、直接税および間接税の脱税が前提犯罪に明示的に含まれた点は、UAEで法人税とVATを申告する日本企業にとって見逃せない変更です。
犯罪の成立要件も変わりました。旧法では資金が犯罪収益であることを実際に知っていた立証が必要でしたが、新法では十分な証拠または状況証拠で足り、合理的に知るべきであった場合にも責任が及びます。
施行規則は閣議決議第134号(2025年)に置き換わりました
施行規則である閣議決議第134号(2025年)は官報第811号に2025年11月15日に掲載され、30日後の2025年12月14日に発効しました。旧施行規則の閣議決議第10号(2019年)は廃止です。全71条で、執行可能な要件は約300項目にのぼります。
| 項目 | 旧制度 | 2025年の新制度 |
| 根拠法 | 連邦令第20号(2018年) | 連邦令第10号(2025年) |
| 施行規則 | 閣議決議第10号(2019年) | 閣議決議第134号(2025年) |
| 対象事業者 | 金融機関とDNFBP | VASPも明示 |
| 拡散金融 | 制裁の枠で対応 | 独立した犯罪類型 |
| FIUの権限 | 中央銀行総裁が7日間 | FIU長官が停止10営業日、凍結30日 |
| 法人罰金の上限 | AED5,000万 | AED1億 |
上級管理者に個人責任が及びます
新制度では上級管理者の責任が明確になりました。対象は、リスク管理やコンプライアンス方針について戦略的または執行上の意思決定を行う権限を持つ者で、CEO、ゼネラルマネージャー、取締役が例示されています。方針を承認するだけでなく、実際に実施され報告の仕組みが機能していることまで確保する責任を負います。Greenberg Traurigの解説でも、当局は方針の存在ではなく実際の運用状況を確認すると指摘されています。日本から派遣された駐在員がゼネラルマネージャーを務めている場合、本人が個人責任の対象になり得ます。
KYCデジタルプラットフォームの運用が始まりました
顧客確認を国全体で共通化する仕組みも動き出しています。連邦令第30号(2024年)に基づくKYCデジタルプラットフォームについて、閣議決議第55号と第56号(いずれも2026年)が官報第822号に2026年4月30日に掲載されました。第55号が施行規則、第56号が行政違反と罰則です。発効日は官報とポータルの記載に相違があるため、対応時期は個別に確認する必要があります。
ESR(経済的実態規制)は2024年に完全廃止されました
ESR(Economic Substance Regulations)は2019年に閣議決定第31号で導入され、銀行業や持株会社、知的財産など9業種にUAE国内での実体を求める制度でした。閣議決定第98号(2024年)により、2022年12月31日以降に終了する会計期間について申告と報告の義務は完全に廃止されています(Clyde & Coの解説)。既に課された罰金は取り消され還付の対象となり、ADGMも公式ガイダンスで同じ立場です。ただし2022年12月31日以前に終了した会計期間は従前の義務が残るため、過去分の未提出案件は引き続き対応が必要になります。
UBO(最終受益者)の届出義務
UBO(Ultimate Beneficial Owner)は、企業の実質的支配者、つまり実際に意思決定を行う者または最終的に利益を受け取る権利のある自然人で、名義貸しによる代表者の偽装を防ぐための制度です。
根拠法令とUBOの定義
UBO規制は旧閣議決定第58号(2020年)を置き換えた閣議決定第109号(2023年)に基づいて運用されています。UBOに該当するのは、株式または議決権を25パーセント以上直接または間接に保有する個人、取締役や管理職の過半数を任免する権利を持つ個人、該当者がいない場合に重要な支配権を行使する個人です。
2025年の施行規則で厳格化された点
閣議決議第134号(2025年)はUBOの透明性義務を細かく定めました。実務上とくに影響が大きいのは次の点です。
- UBO情報の変更は15営業日以内に更新する義務
- 無記名株式の明示的な禁止。既存分は30日以内の転換が必要
- ノミニー株主とノミニー取締役が定義され、UBOとして扱われないことが明確化。ノミニーである地位は速やかに開示する義務
- UBO情報について、十分性、正確性、最新性の3基準が導入
正確性の基準では独立した情報源による検証まで求められます。名義株主を使った構造が残る法人は、この改正を機に整理しておくことをおすすめします。実質的所有者に関する不正確な情報を故意に提供した場合、拘禁刑またはAED2万以上の罰金の対象になります。
提出義務の対象と罰則
UBO規制はメインランドとフリーゾーンを問わずUAEで登録されたすべての法人に適用され、DIFCとADGMのみ独自規制です。企業はUBO登録簿と株主登録簿の整備、許認可当局への届出と変更時の更新、所有レイヤーの開示を求められます。罰則は閣議決定第132号(2023年)に規定されており、違反内容と回数に応じて段階的に重くなります。
| 違反内容 | 初回 | 2回目 | 3回目 |
| 登録情報の不備 | 書面警告(15日以内) | AED15,000 | 罰金加重 |
| UBO登録簿の未整備 | 書面警告(30日以内) | AED50,000 | 罰金加重 |
| 所有構造の未開示 | 書面警告(30日以内) | AED50,000 | 罰金加重 |
これらに加えて事業ライセンスの取消や事業活動の停止もあり得ます。
ドバイ移住を検討している方への影響
個人でドバイに移住し、現地法人を通じて資産を保有する方にも今回の法制置換は直結します。まず、ノミニーを使った所有構造が使いにくくなりました。定義が明確になり地位の開示が義務化されたため、実質的な所有者を伏せた構造は事実上維持できません。
次に、日本側の税務との整合です。日本の居住者が国外転出する際、対象資産が1億円以上であれば国外転出時課税、いわゆる出国税の対象となり、含み益に所得税が課されます。移住前に日本株や非上場株式をドバイ法人へ移す場合、日本側では出国税と譲渡課税の判定が必要になり、UAE側では同じ法人のUBOとして氏名や国籍、住所が登録されます。日本とUAEはいずれもCRSに参加しているため、両者に食い違いがあれば説明を求められます。さらに脱税が前提犯罪に明示されたため、UAEで法人税やVATの申告を意図的に誤らせた場合はAML法上の問題として扱われる余地が生まれました。
まとめ
📋 今回のポイント
- 根拠法は連邦令第10号(2025年)。2025年10月14日発効、旧連邦令第20号(2018年)は廃止
- 施行規則は閣議決議第134号(2025年)。2025年12月14日発効
- 法人罰金の上限がAED5,000万からAED1億へ
- 上級管理者に個人責任。運用の実態が問われる
- UBO情報は15営業日以内に更新、無記名株式は禁止
- 直接税と間接税の脱税が前提犯罪に明示
当会計事務所は、UAE法人のAML体制構築、UBO登録簿の整備、社内規程の新法対応から日本側の出国税との整合まで一貫してサポートしています。当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。
根拠条文・出典
- Federal Decree-Law No. 10 of 2025 – 新AML法
- Cabinet Resolution No. 134 of 2025の解説 – 施行規則
- 新AML法の執行と上級管理者責任 – 個人責任
- 閣議決議第55号・第56号(2026年) – KYCプラットフォーム
- DNFBP該当判定 – UAE経済観光省
- Cabinet Decision No. 132 of 2023 – UBO違反の行政罰
- UAE ESR廃止の解説 – 閣議決定第98号(2024年)
- Cabinet Decision No. 109 of 2023、所得税法第60条の2





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