ドバイ法人における従業員の給与計算方法とは?日本との違いを含めて解説

投稿:2025年12月1日更新:2025年12月1日ブログ

日本で会社を経営していると、給与計算といえば「所得税」「住民税」「社会保険料」の天引きなど、非常に複雑な事務作業が発生します。

一方、ドバイ(UAE)は「タックスヘイブン」として知られており、税金がかからないイメージが強いかもしれません。

しかし、「税金がないから給与計算も簡単だろう」と高をくくっていると、思わぬ落とし穴にはまる可能性があります。UAEにはUAE独自の労働法(Labour Law)や、厳格な給与支払いシステム(WPS)が存在し、これらに違反すると高額な罰金やビザの停止といったペナルティを受けることになります。

そこで本日は、ドバイ法人における従業員の給与計算方法について、日本との違いや、必ず守らなければならないルールを中心に行政・法務の観点から解説します。

日本とドバイの給与計算の決定的な違い

まず、日本とドバイの給与計算における最も大きな違いは「天引き(源泉徴収)の種類」です。

日本では、額面給与から所得税、住民税、社会保険料などが引かれ、手取り額は額面の約75%〜80%程度になることが一般的です。しかし、ドバイでは基本的に個人所得税が存在しないため、「額面金額 ≒ 手取り金額」となります。

両国の違いを整理すると、以下のようになります。

項目 日本(Japan) ドバイ(UAE)
所得税 あり(源泉徴収) なし(0%)
住民税 あり(源泉徴収) なし
社会保険(年金等) あり(強制加入) なし(外国人の場合) ※1
雇用保険 あり ILOE(失業保険)が必須 ※2
支払方法 銀行振込など自由 WPS(賃金保護システム)が必須 ※3

※1 UAE国籍(GCC国籍)の従業員を雇う場合は、GPSSA(年金)への加入と拠出が必要です。
※2 2023年より全従業員に加入が義務付けられました(後述します)。
※3 メインランド企業の場合。フリーゾーン企業は異なります(後述します)。

このように、税金の計算自体は非常にシンプルですが、その代わりに「支払いのプロセス」や「退職時の計算」に独自の厳格なルールがあります。

給与支払いシステム「WPS」とは?

ドバイで従業員を雇用する場合、絶対に避けて通れないのが「WPS(Wage Protection System:賃金保護システム)」です。

日本では給与を「銀行振込」や「手渡し」で支払うことも可能ですが、UAEのメインランド(本土)では労働省(MOHRE)と中央銀行が連携したWPSというシステムを通じて給与を支払うことが法律で義務付けられています。

これは、出稼ぎ労働者の給与未払いを防ぐために導入された国策システムです。

WPSシステムの説明

フリーゾーンはWPS義務が異なる

ただし、ここで非常に重要な注意点があります。それは「フリーゾーンの企業はWPSの義務が異なる」という点です。具体的には以下の通りです。

フリーゾーン WPS義務 注記
IFZA(国際自由ゾーン) 不要 銀行振込で直接支払い可能
Meydan Free Zone 不要 銀行振込で直接支払い可能
RAKEZ 不要 銀行振込で直接支払い可能
DMCC 必須 2023年より導入、メインランド同様
JAFZA(ジェベル・アリ自由区) 必須 WPS登録が必要
メインランド(本土) 必須 全企業対象、最も厳格

つまり、IFZAやMeydan、RAKEZではWPSを通さずに銀行振込で直接給与を支払うことができます。これは、給与管理の手続きをシンプルにしたいスタートアップ企業にとって、大きなメリットとなります。

WPSが必須のメインランド企業での工夫

一方、メインランド法人の場合で、「とりあえずビザを出すために給与を記録したいが、実際の給与支払いは日本親会社から行いたい」というニーズが実務上多く存在します。

このような場合、「形式上、1 AED(約40円)をWPS経由で毎月支払う」という方法が採用されることがあります。これは、以下のようなシーンで活用されます。

当然のことながら、この1 AEDは「基本給」ではなく、手当や奨励金として契約書に明記される必要があります。また、実際の生活費補助や報酬が日本から支払われている場合でも、UAE労働法の面で問題となる可能性があるため、税理士や労務顧問と相談の上で慎重に実行することが重要です。

WPSの手順と注意点

WPSが必須の企業では、銀行や両替商(Exchange House)と契約を結び、専用のファイル形式(SIFファイル)で給与データを送信する必要があります。

もし、WPSを通さずに給与を支払ったり、支払いが遅れたりした場合はどうなるでしょうか。

MOHRE(人的資源・自国民化省)からシステム上で即座に検知され、以下のようなペナルティが科されます。

「まだ売上がないから給与支払いを待ってもらっている」という言い訳は、UAEの行政には通用しません。会社を設立し、就労ビザを出している以上、必ず毎月WPSを通じて給与支払いの記録を残す必要があります。

退職金の代わり?「Gratuity」の計算方法

日本には公的な厚生年金制度がありますが、UAEで働く外国人(エクスパット)には、そのような年金制度がありません。その代わりに存在するのが「Gratuity(End of Service Benefit:退職慰労金)」です。

これは、従業員が退職する際に会社が必ず支払わなければならないお金であり、給与計算担当者が最も頭を悩ませる部分でもあります。

Gratuityは、毎月の給与とは別に、退職時にまとめて支払われますが、その計算式は法律で明確に決まっています。

Gratuityの計算式

計算の基礎となるのは、通勤手当や住宅手当を含まない「基本給(Basic Salary)」です。そのため、雇用契約書を作成する際は、総支給額の内訳(基本給と手当の割合)を慎重に決める必要があります。

勤続年数 計算方法(基本給をベースとする)
1年以上5年未満 1年につき21日分の基本給
5年以上 1年につき30日分の基本給

例えば、基本給が10,000 AEDで、3年間勤務して退職する場合の計算は以下のようになります。

(10,000 AED ÷ 30日) × 21日分 × 3年 = 21,000 AED

この約84万円相当(1AED=40円換算)を、退職に際して支払う義務があります。会社側としては、毎月のキャッシュアウトはありませんが、将来の支払い義務(負債)として認識しておく必要があります。

【要注意】新制度「ILOE(失業保険)」の義務化

2023年から導入された新しい制度として、ILOE(Involuntary Loss of Employment:非自発的失職に対する保険)があります。

これは、日本の雇用保険に近い制度ですが、大きな違いは「従業員自身が自分で加入登録を行い、保険料を支払う」という点です(会社がまとめて支払うことも可能ですが、法的義務は個人にあります)。

しかし、会社側がこの制度を理解していないと、従業員が加入を忘れ、退職時やビザ更新時に高額な罰金(400 AEDなど)を請求されるトラブルが多発しています。

会社としては、入社時のオリエンテーションで「必ずILOEに加入するように」と指導するフローを組み込むことが行政手続き上、非常に重要です。

残業代(Overtime)の計算ルール

UAEの労働法でも、所定労働時間(通常は1日8時間)を超える労働に対しては、残業代(Overtime)の支払いが義務付けられています。

ここでも計算の基礎となるのは「基本給(Basic Salary)」です。

特に注意が必要なのは、UAEでは2022年の法改正により、週末が「金・土」から「土・日」に変更されたり(民間企業は柔軟に対応可)、勤務体系が柔軟になっています。自社の就業規則で「どの日が休日か」を明確にしておかないと、割増賃金の計算でトラブルになる可能性があります。

まとめ

ドバイでの給与計算は、日本のような複雑な税金計算がない反面、「WPSによる支払い管理」「Gratuityの引当」「基本給の設定」など、日本とは全く異なるリーガルリスクが存在します。特に、WPSの遅延や未払いは、即座に「ビザ発行停止」という、事業継続に関わる重大なペナルティに直結します。

「税金がないから適当でいい」ではなく、「税金がない分、労働法規(コンプライアンス)が厳格である」と理解するのがよいでしょう。

また、フリーゾーン企業とメインランド企業では給与支払いのプロセスが大きく異なるため、設立時点で「どのゾーンに登録するのか」を慎重に判断することが、将来的な行政手続きの負担を大幅に軽減します。

当社では、ドバイ法人の設立サポートだけでなく、毎月の給与計算代行や、WPS対応、雇用契約書のレビューなど、「現地の行政ルールに則った労務・税務サポートを提供しています。

「基本給と手当の割合はどう設定すべきか?」「WPSの登録方法がわからない」「メインランドで駐在員を配置する場合の給与設定」など、不安な点がある方は、ぜひ当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。

 このブログを書いた人

税理士・公認会計士(日本・UAE)。ドバイ在住。日本とドバイで会計事務所を経営しています。税務顧問や会計監査、ドバイへの移住支援を行っています。

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