ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
UAE・ドバイで会社を経営する日本人にとって、給与計算は日本と大きく異なる制度設計になっています。所得税が存在せず、社会保険料の天引きも基本的に不要である一方で、WPS(賃金保護システム)による給与振込の義務化、退職金(Gratuity)の計算、失業保険(ILOE)への加入など、UAE独自のルールを正しく理解しておく必要があります。
本記事では、日本との比較を交えながら、UAE給与計算の実務ポイントを2026年最新情報に基づき解説します。
日本とUAEの給与計算の違い
| 項目 | 日本 | UAE |
|---|---|---|
| 所得税源泉徴収 | 必須 | 不要(個人所得税なし) |
| 社会保険料 | 健康保険・厚生年金・雇用保険等 | 外国人は原則不要(自国民はGPSSAに加入) |
| 給与振込 | 指定なし | WPS経由が義務 |
| 退職金 | 企業任意(規程による) | Gratuityが法定義務 |
| 失業保険 | 雇用保険(会社・本人折半) | ILOEへの個人加入義務 |
WPS(賃金保護システム)の実務
WPS(Wages Protection System)は、UAE労働省(MOHRE)が運営する給与の電子振込システムで、メインランド企業はすべての従業員給与をWPS経由で支払う義務があります。DMCC等の一部フリーゾーンも強制適用となっており(DMCCは2024年1月から)、DIFC・ADGMはそれぞれ独自の給与支払い制度を採用しています。
2026年6月1日からの新ルール(重要)
閣僚決議第340号(2026年)により、2026年6月1日から給与支払期日が抜本的に変更されました。従来の「翌月15日まで」のグレース期間は完全に廃止され、すべての民間企業は前月分の給与を翌月1日(グレゴリオ暦)までにWPS経由で振込む義務を負います(Morgan Lewis解説)。
- 給与支払期日:毎月1日に統一(前月分を当月1日までに振込)
- 2日以降の振込はすべて「遅延」として扱われる
- 契約による別途定めは一切不可(個別契約での例外なし)
- コンプライアンス基準:給与総額の85%以上を期日までに振込めば適合と判定(旧基準80%から引き上げ)
- 旧Ministerial Resolution No. 598 of 2022は同日廃止
段階的エンフォースメント(遅延時の処分)
| 遅延日数 | 処分内容 |
|---|---|
| 2日目から | 電子警告通知 |
| 5日目から | 新規労働許可(ワークパーミット)の発給停止 |
| 11日目から | 行政罰金・企業格付け(カテゴリー)の引き下げ |
| 16日目から | 労働紛争として登録 |
| 21日目から | 司法手続きへの移行(特に従業員25名以上の企業は加重措置) |
出典:KPMG解説(Ministerial Resolution 340 of 2026)
- Ministerial Resolution No. 340 of 2026(閣僚決議第340号・2026年5月12日発出、2026年6月1日施行)
- UAE Federal Decree-Law No. 33 of 2021(労働関係規制法)第16条・第22条
- MOHRE公式アナウンスメント(2026年5月)
- 旧Ministerial Resolution No. 598 of 2022(2026年6月1日廃止)
WPSはUAE中央銀行に登録された銀行・両替業者(Exchange House)経由で行います。月次の給与ファイル(SIF)を作成し、振込指示と同時にMOHREへデータが送信される仕組みです。2026年6月以降は月末締め・翌月1日支払のサイクルが事実上の標準となるため、給与計算の締日設定や経理処理スケジュールの見直しが急務です。なお、UAE政府公式ポータルでも給与支払いに関する公式ガイダンスが公開されており、適宜参照することをおすすめします。
Gratuity(退職金)の計算
UAE労働法(Federal Decree-Law No. 33 of 2021)第51条により、1年以上継続勤務した従業員には退職時に法定退職金(End of Service Gratuity)の支払いが義務付けられています。
計算式
- 最初の5年間:基本給21日分 × 勤続年数
- 5年超の部分:基本給30日分 × 勤続年数
- 上限:通算で基本給の2年分まで
- 支払期限:退職後14日以内
計算ベースは「基本給(Basic Salary)」のみで、住宅手当・交通手当などの諸手当は含まれません。日割計算は、基本給÷30日 × 21日(または30日)× 勤続年数で算定します。
- UAE Federal Decree-Law No. 33 of 2021, Article 51(End of Service Benefits)
- u.ae 公式ガイド(End of Service Benefits for Employees in the Private Sector)
- MOHRE(人的資源・エミラタイゼーション省)ガイダンス
ILOE(失業保険)の加入義務
ILOE(Involuntary Loss of Employment Insurance)は、2023年1月1日に施行された連邦法令第13号(2022年)に基づく失業保険制度です。UAE国民・外国人を問わず、民間企業・連邦政府の被雇用者は原則加入が義務付けられています(ILOE公式)。
保険料区分
| 区分 | 基本給 | 月額保険料 | 最大給付額 |
|---|---|---|---|
| カテゴリA | AED 16,000未満 | AED 5+VAT | 月AED 10,000 |
| カテゴリB | AED 16,000以上 | AED 10+VAT | 月AED 20,000 |
給付条件
- 給付額:直近6ヶ月の基本給平均の60%
- 給付期間:最大3ヶ月
- 加入期間が連続12ヶ月以上必要
- 生涯給付上限:UAE就労期間全体を通算で12ヶ月分まで
- 非自発的失業(解雇)の場合のみ対象。自己都合退職・懲戒解雇は不可
- 未加入の場合、従業員本人にAED 400の罰金
制度の詳細はUAE政府公式ポータルの失業保険ページでも公開されています。
残業代の計算ルール
UAE労働法上、所定労働時間は1日8時間・週48時間が原則です。これを超える労働には残業手当が必要で、計算ルールは以下のとおりです(UAE政府公式ガイド:労働時間と残業)。
- 通常の残業:基本時給の1.25倍
- 夜間(午後10時〜午前4時)残業:基本時給の1.5倍
- 休日労働:通常賃金+50%割増、または代休
- 1日の残業上限:2時間(業務上の必要がある場合)
役員・General Manager・部門責任者など一定の上級管理職は、UAE労働法上の残業代規制の対象外とされる場合があります。役職と実態の両面から個別判断が必要です。
給与計算でよくあるミス
- Gratuity計算で基本給ではなく総支給額を使ってしまう
- ILOE未加入のまま雇用を継続し、ビザ更新時に罰金が発覚
- 2026年6月以降のWPS振込を月末や月5日に行い、給与遅延として労働許可停止や罰金対象になる(給与計算システムの締日設定ミスに要注意)
- 住宅手当を基本給に含めず、退職金が過少計算になる(労使紛争の原因)
- フリーゾーン企業がWPS非対象と誤認(DMCC等は強制加入)
まとめ
📋 今回のポイント
- UAEには所得税がなく、給与から税金を源泉徴収する必要はない
- 2026年6月1日からWPSの給与期日が「毎月1日」に統一(閣僚決議第340号)。翌月15日のグレース期間は完全廃止
- コンプライアンス基準は給与総額の85%以上(旧80%から引き上げ)
- Gratuityは基本給ベースで、最初の5年は21日分、5年超は30日分、上限2年分
- ILOEは外国人も加入義務、未加入はAED 400の罰金、給付は60%×最大3ヶ月
- 残業代は通常1.25倍・夜間1.5倍、1日2時間まで
UAEの給与計算は、所得税がない分シンプルに見えますが、WPS・Gratuity・ILOEといった独自制度の運用ミスが思わぬ罰金や労使紛争を招きます。給与制度設計やWPS導入支援、Gratuity引当金の計上方法など、実務面でお悩みの際は、当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。日本・UAE双方の労務・税務に精通した専門家として、お客様の事業構造に最適なソリューションをご提案いたします。
