ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
日本企業がドバイ法人と取引する際、配当・利子・使用料の支払いに対して日本側で 源泉徴収税20.42% が課されるケースがあります。これを軽減・免除するための鍵が、UAE連邦税務庁(FTA)が発行する TRC(Tax Residency Certificate/税務居住者証明書) です。
本記事では、ドバイ法人がTRCを取得する具体的な手続き、2025年10月以降に変更された新ルール、日UAE租税条約の適用実務を、現役の日本人公認会計士として実際に取り扱った案件をもとに解説します。UAE法人税の概要と9%税率を踏まえた居住性判定の前提から、EmaraTax申請の実務まで網羅します。
※本記事の金額は1 AED=43円(2026年5月時点)で換算しています。
TRCとは何か|租税条約適用のための公的証明書
TRCは、FTAが「この法人(または個人)はUAEの税務居住者である」と公的に証明する書類です。日本企業がドバイ法人へ配当や使用料を支払う際、源泉地国(日本)での課税を軽減または免除するために、日UAE租税条約の適用を受ける必要があり、その際に税務当局へ提出する典拠書類がTRCです。
TRCがないと発生する不利益
- 日本親会社からドバイ子会社への配当に対し、日本側で 源泉税20.42% が源泉徴収される
- 使用料・利子・サービス対価の支払いに対しても源泉徴収義務が発生する
- 日本での確定申告において、軽減税率(条約上のlimited rate)が適用されない
- 第三国(シンガポール・香港等)との取引でも条約特典を受けられない
UAE法人がTRCを取得できる要件
UAE Cabinet Decision No. 85 of 2022および後継のCabinet Decision No. 27 of 2023により、法人がUAE税務居住者と認められる要件は次の通りです。
| 区分 | 要件 |
| 設立基準 | UAE国内法に基づき設立・登録された法人(メインランド・フリーゾーン問わず) |
| 管理支配基準 | UAE国外で設立された法人でも、効果的な管理支配(effective management and control)がUAEで行われていれば居住者扱い |
| 課税期間 | 最初の課税期間開始から3ヶ月経過後に申請可能(FTA Guide CTGTRP1, 2024年10月) |
| 実体要件 | UAE国内に事業所・銀行口座・従業員等の実体(substance)を有すること |
特に重要なのは、課税期間開始から3ヶ月経過するまで法人はTRCを申請できない点です。設立直後の新規法人がいきなり日本親会社からの配当に条約適用を受けるのは実務上困難であり、初年度の資金繰り設計に影響します。
2025年10月3日以降の新ルール|全額前払い・返金不可
FTAは2025年10月3日付で、TRC申請の手数料体系を大幅に変更しました。The Accountantの報道およびFTA公式発表によれば、変更点は次の通りです。
主な変更点
- 申請時点で全額前払いが必須となった
- 申請が却下された場合でも手数料は返金されない
- 従来の「承認後支払い」モデルが廃止
- 書類不備による却下リスクが直接コストに跳ね返るため、事前準備の精度がこれまで以上に重要となった
つまり、書類が揃っていない状態で「とりあえず申請してみる」というアプローチは、確実に手数料を失う行為になりました。当会計事務所では、申請前のドキュメントレビューを必ず実施することを推奨しています。
TRC申請手数料の全体像
2025年10月3日以降のTRC申請手数料は、申請者の属性とCT登録状況により異なります。
| 申請者区分 | 手数料(AED) | 円換算(43円) |
| 申請料(全件共通) | 50 | 約2,150円 |
| 法人(CT TRN登録済) | 500 | 約21,500円 |
| 法人(CT TRN未登録) | 1,750 | 約75,250円 |
| 個人(CT TRN未登録) | 1,000 | 約43,000円 |
| ハードコピー追加 | 250 | 約10,750円 |
CT(Corporate Tax)TRN登録済みの法人は 550 AED(約23,650円) で取得できるため、TRC取得を見据えた法人はまずCT登録を完了させることが圧倒的に有利です。CT TRN未登録の法人は1,800 AED(約77,400円)と3倍以上の負担となります。
EmaraTaxでの申請プロセス
TRCの申請は EmaraTaxポータル で行います。以下は法人申請の標準的なフローです。
申請ステップ
- EmaraTaxにログインし、「Tax Residency Certificate」サービスを選択
- 申請目的を選択(租税条約適用/一般証明)
- 対象国(日本)と対象期間(暦年または事業年度)を指定
- 必要書類をアップロード
- 申請料・発行料を全額前払い(クレジットカード/銀行送金)
- FTA審査(通常2〜4週間)
- 承認後、デジタル証明書がEmaraTaxアカウントに発行される
必要書類(法人)
- 商業ライセンス(Trade License)の有効版
- Memorandum of Association(MOA)
- 株主・取締役の身分証明書(パスポート・Emirates ID)
- 賃貸契約書(Ejariまたはフリーゾーン契約)
- UAE銀行口座の取引明細(直近6ヶ月)
- 監査済財務諸表は不要(2024年の規則改正で要件撤廃)
従来必須だった監査済財務諸表の提出が撤廃されたことで、設立初年度の法人や監査未了の法人でもTRC申請が現実的になりました。KPMGのガイドでもこの点が明示されています。
日本での源泉税回避|租税条約の具体的な適用
TRCを取得したドバイ法人は、日本側の源泉徴収義務者(支払者)に対し、TRCと「租税条約に関する届出書」を提出することで、軽減税率の適用を受けられます。
| 所得区分 | 国内法(源泉税率) | 日UAE租税条約 |
| 配当(持株10%以上) | 20.42% | 5% |
| 配当(持株10%未満) | 20.42% | 10% |
| 利子 | 20.42% | 10% |
| 使用料(ロイヤリティ) | 20.42% | 10% |
例えば、ドバイ法人が日本子会社(持株10%以上)から1億円の配当を受け取る場合、TRCがあれば源泉税は 500万円(5%)で済みますが、TRCがなければ 約2,042万円(20.42%)が源泉徴収されます。差額は約1,542万円となり、TRC取得コスト(約23,650円)の効果は圧倒的です。
QFZP法人がTRCを取得する際の注意点
適格フリーゾーンパーソン(QFZP)として0%税率の適用を受けている法人も、TRCの取得自体は可能です。ただし、租税条約のbenefit適用にあたっては、租税条約上の「居住者」要件と、相手国(日本)が課すLimitation on Benefits(LOB)条項の両方を満たす必要があります。
日UAE租税条約には包括的なLOB条項は含まれていませんが、租税回避目的が疑われるケースでは日本の国税庁から実体審査が入る可能性があります。当会計事務所では、QFZP法人のTRC申請にあたっては、UAEでの実際の事業実体(オフィス、従業員、意思決定の所在)を裏付けるドキュメントを事前に整備することを推奨しています。
TRCの有効期間と更新
TRCは申請時に指定した 1暦年(または事業年度)に対して1通発行 されます。継続して租税条約の適用を受けたい場合は、毎年TRCを更新申請する必要があります。
- 有効期間は申請時に指定した対象年度のみ
- 翌年も条約適用を受ける場合は、改めて全額前払いで再申請
- 遡及申請も可能(過去の対象年度に対するTRC取得)
- 日本側の源泉徴収手続きには、対象支払いに対応する年度のTRCが必要
実務上、ドバイ法人が継続的に日本からの配当を受ける場合、毎年のTRC更新を年間スケジュールに組み込んでおく必要があります。PwCのTRCアラートでも更新の重要性が指摘されています。
申請が却下される典型パターン
2025年10月以降は却下時の返金がなくなったため、却下リスクを事前に潰しておくことが極めて重要です。当会計事務所で確認している典型的な却下理由は次の通りです。
| 却下理由 | 対策 |
| 課税期間開始から3ヶ月未満 | 3ヶ月経過まで申請を待機 |
| 商業ライセンスが期限切れ | 申請前にライセンス更新を完了 |
| UAE銀行口座の取引実績が乏しい | 事業実体を示す取引履歴を蓄積 |
| 賃貸契約書(Ejari)の不備 | 有効な賃貸契約と物理オフィスの確保 |
| CT登録未了のまま安価な手数料で申請 | CT TRN取得後にTRC申請 |
まとめ
📋 今回のポイント
- TRCはUAE法人が日本との租税条約適用を受けるための必須書類で、源泉税20.42%を5〜10%に軽減できる
- 2025年10月3日以降は全額前払い・却下時返金なしルールが適用され、申請前の書類精査が必須
- CT TRN登録済み法人は550 AED(約23,650円)で取得可能、未登録だと1,800 AED(約77,400円)
- 法人は課税期間開始から3ヶ月経過後に申請可能、監査済財務諸表は不要に
- QFZP法人もTRC取得可能だが、実体要件と租税条約上の居住者性を慎重に整理する必要あり
- TRCは年度ごとに発行されるため、継続的な条約適用には毎年の更新申請が必須
当会計事務所は、ドバイ法人のTRC取得申請、CT登録、租税条約に関する届出書の作成、日本側源泉徴収手続きまでワンストップで対応しています。日本親会社からの配当や使用料を受ける構造のドバイ法人は、TRC取得の有無で年間数百万〜数千万円の税負担が変わるケースが少なくありません。新ルール下での却下リスクを最小化するため、事前のドキュメントレビューと申請代行をおすすめします。
根拠法令・参照資料
- UAE Federal Decree-Law No. 47 of 2022(法人税法)
- Cabinet Decision No. 85 of 2022 / No. 27 of 2023(税務居住者判定)
- FTA Corporate Tax Guide CTGTRP1(Tax Residency Procedures, October 2024)
- FTA Service Card Update(Tax Residency Certificate, 3 October 2025)
- 日本国とアラブ首長国連邦との間の租税条約(2014年12月発効)
- 日本所得税法第212条(非居住者・外国法人に対する源泉徴収)
