ドバイで法人を設立し、いざ事業を拡大しようとしたときに直面するのが「資金調達」の壁です。
日本であれば、日本政策金融公庫からの創業融資など、スタートアップ企業を支援する仕組みが整っています。しかし、ここドバイでは「現金主義(Cash is King)」の考え方が根強く、銀行からの融資ハードルは日本とは比較にならないほど高いのが現実です。
「ドバイ法人を作れば、現地の銀行からすぐにお金を借りられる」
そう考えて移住される経営者の方も多いですが、実際には厳しい審査と複雑な手続きが待っています。今回は、ドバイにおける法人融資の実情と、銀行から資金を調達するための具体的なステップ、そして不動産を担保に入れた場合の融資可能性について解説します。
ドバイでの法人融資は「実績」がすべて
結論から申し上げますと、設立間もない法人がドバイの銀行からプロパー融資(信用保証協会の保証なしの直接融資)を受けるのは極めて困難です。日本の銀行は「事業計画書(将来の可能性)」を評価してくれることもありますが、ドバイの銀行は「過去の確定した数字(実績)」しか見ません。
日本とドバイの融資環境の違い
まずは、日本とドバイの資金調達環境の違いを整理してみましょう。
| 項目 | 日本(創業期) | ドバイ(UAE) |
|---|---|---|
| 審査の重視点 | 将来性・事業計画 | 過去の通帳履歴・監査済決算書 |
| 創業融資 | 政策金融公庫などで比較的容易 | ほぼ存在しない(例外あり) |
| 必要実績年数 | なし(創業前でも可) | 最低2年〜3年 |
| 金利タイプ | 固定金利が選べる | 変動金利(EIBOR連動)が主流 |
| 経営者保証 | 解除の動きがある | 必須(個人資産も審査対象) |
このように、ドバイでは「実績」が積み上がるまでは、自己資金または日本からの親会社貸付などで回す必要があります。
銀行融資を受けるための「3つの条件」
では、どの段階になれば融資の可能性が出てくるのでしょうか。現地の主要銀行(Emirates NBD、Mashreq Bankなど)が求める一般的なラインは以下の通りです。
1. 事業歴2年〜3年の継続
多くの銀行では、最低でも2年以上、場合によっては3年以上の事業継続を条件としています。設立したばかりの「ペーパーカンパニー」や、ビザ目的の法人にお金を貸すリスクを銀行は極端に嫌います。
2. 監査済財務諸表(Audited Financial Statements)
これが最も重要なポイントです。日本では中小企業が会計監査を受けることは稀ですが、ドバイで融資を受ける場合、外部監査人による「監査済財務諸表」の提出が必須となります。
単に自社で作った試算表(Management Accounts)ではなく、ライセンスを持った監査法人が「適正である」と認めた決算書でなければ、銀行は審査のテーブルにすら載せてくれません。将来的に融資を検討されている方は、設立初年度から必ず会計監査を受けておくことを強く推奨します。
3. 年間売上高の基準(Turnover)
銀行によって異なりますが、一般的にビジネスローン(Business Loan)の対象となるには、年間売上高で最低100万AED(約4,000万円)〜300万AED程度の規模が求められます。これに満たない場合は、法人融資ではなく経営者個人の「パーソナルローン」で対応せざるを得ないケースが多くなります。
資金調達までの具体的なフロー
実際に融資を申請する場合の流れを見ていきましょう。ここでは、すでに法人口座が開設されている前提で進めます。
融資申請から着金までの一般的なプロセスは、まず必要書類の準備から始まります。
監査報告書、過去6〜12ヶ月のBank Statement、VAT Returnなどを揃える必要があります。次に銀行担当者(RM:Relationship Manager)との面談を行い、融資の基本的な条件や見通しについて相談します。
その後、Al Etihad Credit Bureau(AECB)スコアの照会が行われ、与信審査部門による審査に進みます。金利や条件の提示(オファーレター)を受け取った後、契約を結んで着金となります。
| ステップ | 内容 | 期間目安 |
|---|---|---|
| 1 | 必要書類の準備(監査報告書、銀行残高証明書など) | 1〜2週間 |
| 2 | 銀行担当者(RM)との初期面談 | 3〜5営業日 |
| 3 | Al Etihad Credit Bureau(AECB)スコアの照会 | 2〜3営業日 |
| 4 | 与信審査部門による正式な審査 | 1〜3週間 |
| 5 | 金利・条件の提示(オファーレター) | 2〜5営業日 |
| 6 | 契約署名・着金 | 1週間 |
ここで特に注意が必要なのが、Al Etihad Credit Bureau(AECB)です。
これはUAE版の信用情報機関であり、法人および経営者個人のクレジットカードの支払い履歴や、過去のローン返済状況、さらには通信費(Etisalat/Du)や光熱費(DEWA)の支払い遅延まで記録されています。たかが電話代の滞納と思っていると、企業の信用スコア(Credit Score)に傷がつき、融資が否決される原因になります。
不動産を担保に入れると融資は受けやすくなるか?
結論:不動産を担保に入れることで、融資の承認可能性は大きく高まります。
特に事業歴が浅い法人や、売上高が融資基準に若干届かないような企業でも、確実な担保がある場合は融資の可能性が開けるケースが多いです。
なぜなら、銀行にとって「実現可能な回収手段を持つ」ことが融資判断の最大の要素だからです。不動産は UAE の不動産局(Dubai Land Department)に登録される確実な資産であり、万が一返済できない場合でも、銀行は法的手続きを通じてその物件を差し押さえ、売却することで損失を回収できるためです。
不動産担保融資の具体的な条件
ドバイで不動産を担保にした融資を受ける場合、以下の条件が一般的です。
LTV(Loan-to-Value)比率は最大80%が目安となります。これは、不動産の時価評価額の80%まで借りられるということを意味します。例えば、100万AEDの価値がある不動産があれば、最大80万AEDまで融資を受けられることになります。
不動産は完全に自分が保有しており、既に住宅ローンなどで抵当に入っていない状態(debt-free)である必要があります。すでに抵当権が設定されている不動産は担保にできません。
物件登録状況の点では、ドバイ不動産局(DLD)に登録済みの完成した物件が最も有利です。建設中の物件や未登録の物件は、より厳しい条件が付くか、そもそも融資対象外になる可能性があります。
担保評価のプロセス
融資の申請をすると、銀行は独立した不動産鑑定士を派遣して、物件の公正な市場価値を査定します。この評価額が融資可能額を決定する基礎となります。
合わせて、物件の所在地や周辺エリアの市場動向、建物の状態や構造、賃貸可能性(投資不動産の場合)、そして法的な問題がないかなどを詳しく調べます。この過程で、タイトルディード(所有権証書)や建築許可書、RERAへの登録状況などの書類の提出が求められます。
不動産担保の大きなメリット
不動産を担保に入れることで、融資の承認スピードが速くなる傾向があります。通常の法人融資が数週間から数ヶ月要する一方で、担保が確実な物件の場合は1〜2週間で可否判定が出ることも珍しくありません。
また、金利も若干下がる可能性があります。銀行の貸出リスクが軽減されるため、無担保融資よりも有利な条件で融資を受けられることがあります。
さらに、融資額の上限も高くなります。担保なしでは数百万AED程度の融資が限度ですが、相応の価値を持つ不動産を担保に入れれば、1,000万AED以上の大口融資も可能になってきます。
不動産担保融資のリスク
しかし、メリットだけではなくリスクもあります。
最大のリスクは、返済できなくなった場合、その不動産を失う可能性があるということです。ドバイでは差し押さえ手続きが比較的スムーズに行われるため、返済が滞ると銀行は法的手続きを開始し、物件の競売にかけます。せっかく自分で買った不動産が失われてしまう危険性があるのです。
また、不動産の価値変動に注意が必要です。ドバイの不動産市場は時に急激に変動することもあります。担保物件の価値が融資額を下回るような「逆ザヤ」の状況になった場合、銀行から追加担保を求められることもあります。
加えて、高めの金利を払い続ける必要があるという点です。UAE の銀行融資は一般的に変動金利(EIBOR連動)が主流です。市場金利が上昇すれば、あなたの返済額も自動的に増えていきます。
| 不動産担保融資の特徴 | メリット | リスク |
|---|---|---|
| 審査速度 | 1〜2週間 | — |
| 金利水準 | 低い傾向 | 変動金利 |
| 融資額 | 大口融資可能 | — |
| リスク回避 | — | 差し押さえリスク |
| 不動産価値変動 | — | 逆ザヤの可能性 |
(参考)投資不動産に対する融資について
次に、投資目的で購入した不動産に対する融資についても触れておきましょう。
投資不動産ローンの種類
ドバイでは、不動産投資のための融資商品が充実しています。大きく分けて、建設中の物件を購入する際に利用する「建設融資」と、既に完成している物件を購入する際に利用する「既存物件購入ローン」の2種類があります。
既存物件を購入する場合は、すぐに賃貸運用が可能であり、その賃貸収入で返済をまかなえるため、銀行の貸出リスクが相対的に低くなります。したがって、審査条件や金利面で比較的有利になりやすいです。
一方、建設中の物件(Off-plan)は、完成までの不確実性があるため、より高い自己資金比率(ダウンペイメント)を求められます。一般的には20%以上の自己資金が必要になることが多いです。
投資不動産の収益性と融資審査
ドバイの不動産は、世界的に見ても高い利回りで知られています。ドバイの良好な地域での賃貸利回りは年5〜8%程度であり、ロンドンやニューヨークなどの先進都市と比較しても遜色ありません。
銀行は融資の審査をする際に、この利回りを重視します。特に投資不動産ローンの場合、物件の賃貸収入で返済ができるかどうかが重要な判断基準になるのです。
例えば、1,000万AEDで購入した物件の年間賃貸収入が60万AEDの場合、利回りは6%となります。銀行は、このような稼働実績のある物件に対しては、融資を出しやすくなります。
投資不動産融資の具体的な条件
投資不動産に対する融資の場合も、LTV 比率は最大80%が目安です。ただし、建設中の物件(Off-plan)の場合は70%程度に下がることが多いです。これは完成リスクを反映したものです。
融資期間は、一般的に最長15年となっています。通常の住宅ローンは25年という商品も多いのに対し、投資不動産は比較的短めに設定されています。
さらに、投資不動産融資では、賃貸契約書の提出が求められることもあります。すでにテナントが決まっており、安定的な賃貸収入が見込める場合は、融資承認の大きなプラス材料になります。
| 項目 | 既存物件購入ローン | 建設中物件(Off-plan)ローン |
|---|---|---|
| 審査難度 | 比較的容易 | より厳しい |
| LTV比率 | 最大80% | 最大70%程度 |
| ダウンペイメント | 20% | 30%以上 |
| 融資期間 | 最長15年 | 最長15年 |
| 即座の運用 | 可能 | 完成待ち |
既存物件と建設中物件の融資比較
既に完成し、テナントが入っている投資不動産であれば、銀行の審査はスムーズに進むことが多いです。賃貸収入という「現在進行形の実績」があるため、返済可能性が高いと判断されるからです。
一方、建設中の物件は、「将来の利回り」という見込み値に基づく融資になります。これは、日本でも同様ですが、銀行にとって不確実性が高いため、より厳しい条件が提示されます。
銀行選びのポイント
ドバイの銀行を選ぶ際は、いくつかのポイントがあります。
Emirates NBD、Mashreq Bank、Dubai Islamic Bank、FAB(First Abu Dhabi Bank)、ADIB(Abu Dhabi Islamic Bank)など、複数の大手銀行が融資商品を提供しています。各銀行によって、融資の必要条件や金利、融資期間などが異なります。
特に、日本人経営者に対する対応実績がある銀行を選ぶことをお勧めします。国際的な顧客ベースを持つ銀行であれば、外国人経営者向けのドキュメンテーション要件も理解しており、手続きがスムーズになることが多いです。
我々は上記の銀行との繋がり(担当RMがついている)がありますので、必要な方はご相談ください。
まとめ
ドバイでの資金調達は、日本のような「創業支援」の温かさはなく、シビアなビジネス実績が求められます。
一方、不動産を担保に入れることで融資の可能性は大きく高まります。完全に保有されている不動産であれば、売上基準に若干届かなくても融資を受けられるケースが多くあります。
投資不動産に対する融資も充実しており、ドバイの好利回り(年5〜8%)を背景に、既存物件であれば比較的容易に融資を受けられます。建設中の物件は条件が厳しくなりますが、完成後の利回りが確実であれば、融資の可能性は十分にあります。
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