ドバイに移住したり現地法人を設立した日本人の方から、「ドバイの銀行口座の情報は日本の税務署に伝わるのか」「日本とドバイの間でCRSは実際に動いているのか」というご相談を受けるケースが増えています。一部のウェブ記事やSNSでは「ドバイ口座は日本から追えない」「ドバイはCRSの網から漏れている」といった情報も見られますが、現状の国際的な税務環境はかなり変化しています。
本記事では、日本とUAE(ドバイ)の間でCRSがどのように適用されているのかを、国税庁の最新公表資料に基づいて整理し、実務上よくあるパターンを解説します。
CRS(共通報告基準)の概要
CRSは、OECDが策定した「非居住者に係る金融口座情報を各国の税務当局間で自動的に交換するための国際基準」です(国税庁CRSコーナー)。各国共通の枠組みは次のとおりです。
| 項目 | 概要 |
|---|---|
| 対象情報 | 口座名義人の氏名、住所、居住地国、納税者番号、口座残高、利子、配当、売却代金など |
| 対象金融機関 | 銀行、証券会社、投資信託、保険会社などの一定の金融機関 |
| 情報の流れ | 金融機関が自国の税務当局に報告し、税務当局同士が自動的に情報を交換 |
日本では、平成27年度税制改正で「非居住者に係る金融口座情報の自動的交換のための報告制度」が導入され、平成30年から実際の情報交換が始まっています。UAE側も2018年からCRSに基づく自動的情報交換を開始しています。
日本側の最新状況(令和5事務年度)
国税庁が公表している令和5事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要(2024年7月〜2025年6月)では、次の数字が示されています。
- 日本が外国税務当局から受領したCRS情報:約246万件(93か国・地域から)
- 日本が外国税務当局へ提供したCRS情報:約51万件(80か国・地域へ)
- 令和7年(2025年)1月1日時点でCRS情報の交換が可能な国・地域:155か国・地域
- 日本との間でCRSに基づく自動的情報交換の実施対象国・地域:112か国・地域(UAEも含む)
UAE側のCRS運用:ワイドアプローチ
UAEは内閣決議第9号によりCRSの実施方針を決定し、OECDの多国間条約(MAC)と多国間コンピテント・オーソリティ協定(MCAA署名国一覧)を批准しています。UAE財務省およびADGMが公表しているADGM CRS FAQでは、次の点が強調されています。
UAEはCRSにおいて「ワイドアプローチ(widest approach)」を採用
UAEの報告金融機関(RFI)は、米国とUAEを除く全ての国の居住者を原則として対象にして、税務上の居住地と納税者番号を確認し、相手国がCRS参加国であるか否かに関わらず情報を収集します。
日本とUAE間の情報交換は「片方向」が実態
本記事で最も重要なポイントです。国税庁の令和5事務年度資料の別紙2を確認すると、UAEは情報交換対象国一覧に記載されている一方で「*」(アスタリスク)が付されており、注記には「*は日本からCRS情報の提供を行わない国・地域(25か国・地域)」と明記されています。
つまり、現状の日本とUAE間のCRS情報の流れは次のような「片方向」です。
| 情報の方向 | 実施状況 | 内容 |
|---|---|---|
| UAE → 日本 | 実施 | UAEの金融機関がワイドアプローチで把握した日本居住者の口座情報が、UAE財務省経由で国税庁に提供される |
| 日本 → UAE | 非実施 | UAEは「日本からCRS情報の提供を行わない25か国・地域」に含まれるため、日本の金融機関が報告したUAE居住者の口座情報はUAE側に自動送信されていない |
UAEと同じ「日本からは提供しない」グループには、ケイマン諸島、英領バージン諸島、バミューダ、バハマといったオフショア中心地、カタール、バーレーン、オマーン、クウェートなどの湾岸諸国、ルーマニア、レバノンなどが含まれます。個人所得税が無いことやデータ保護要件の差が背景と考えられます。
誤解しやすいポイント
「日本→UAEは送られていない」≠「日本側で何も把握されていない」。日本の金融機関は引き続き非居住者口座として国税庁に報告しているため、国税庁内部にはUAE居住者の日本口座情報が蓄積されています。日本側の税務調査や非居住者源泉徴収の局面で活用されるほか、要請に基づく情報交換の対象にもなり得ます。
日本居住者がドバイの銀行口座を持つ場合
「日本に住んだままドバイの銀行口座を持っている場合、どこまで情報が伝わるのか」というケースです。UAEはワイドアプローチを採用しており、日本への情報提供は実施されているため、適切にCRS自己申告書が提出されていれば、その口座情報は国税庁に届く前提で考えるべきです。典型的な流れは次のとおりです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1 | 口座開設時等にCRS自己申告書(CRS Self Certification Form)の提出を求められる |
| 2 | 日本住所、パスポート等から日本の税務上の居住者と判断されればCRS報告対象 |
| 3 | UAEの金融機関が口座残高・利子・配当・売却代金等をUAE財務省に報告 |
| 4 | UAE財務省が国税庁に当該日本居住者の口座情報を自動送付 |
| 5 | 国税庁が氏名・住所・マイナンバー等で申告内容と突合し、申告漏れを検知 |
国税庁は、CRS情報により海外口座の残高や利子配当を把握し、国外財産調書や国外送金等調書と組み合わせて申告漏れを検知することを明言しています。SNS等で見られる「ドバイは税金が無いから情報はいかない」「ドバイの銀行はマイナンバーを聞かないので安全」「ドバイと日本の間でCRSは動いていない」という説明は、いずれも現状とは整合しません。
代表的なパターンの整理
| パターン | 税務上の居住地 | 口座所在地 | CRS上の主な情報の流れ |
|---|---|---|---|
| A | 日本 | UAE | UAEの金融機関→UAE財務省→国税庁へ送付(実施中) |
| B | UAE | 日本 | 日本の金融機関は非居住者口座として国税庁に報告するが、UAEは日本からの提供対象外のためUAE財務省へは自動送信されない(国税庁内部には蓄積) |
| C | 判定が食い違う | 日本・UAE | 日本側で「居住者としての申告漏れ」「国外財産調書未提出」のリスク。UAE→日本のCRS情報で残高突合が行われ得る |
| D | 第三国 | 日本・UAE | それぞれの国の金融機関から第三国の税務当局へCRS情報が送付。第三国経由で日本またはUAEに照会されるリスク |
重要なのは、CRSでは「どこの国の税務上の居住者であるか」が情報の行き先を決める鍵になっている点です。日本に住みながら「名義だけドバイ法人」「口座だけドバイ」にしても、居住者判定そのものが日本にある限り、CRSや国内法に基づく情報収集から逃れることは難しくなりつつあります。
CRSと日本側の国内制度の組み合わせ
CRSは「自動的情報交換のための国際的なパイプ」に過ぎず、日本側にはこれとは別に、複数の情報収集制度が存在します。
| 制度 | 概要 |
|---|---|
| 国外財産調書制度 | 12月末時点で5,000万円超の国外財産を保有する場合、翌年6月末までに国外財産調書の提出が必要 |
| 国外送金等調書制度 | 国内金融機関から100万円超の国外送金等が行われた場合、金融機関が税務署に調書を提出 |
| 国外転出時課税(出国税) | 1億円超の有価証券等を保有したまま出国する場合に、みなし譲渡所得への課税 |
| 非居住者源泉徴収 | 非居住者に支払う不動産賃料や役員報酬などに対する20.42%の源泉徴収 |
これらの制度がCRS情報と組み合わさることで、海外資産の「見える化」が大きく進んでいます。「CRSに引っかからなければ大丈夫」「物理的に日本から見えない国に口座を作れば安全」という発想は、現在の実務ではかなりリスクが高い状況です。
CRS 2.0と暗号資産CARFの今後の動向
OECDは、金融市場のデジタル化や暗号資産の普及を受けて、いわゆるCRS 2.0として、電子マネーや中央銀行デジタル通貨、デジタルプラットフォームなどをカバーする方向でルールを拡張しています。
UAEは2025年8月11日にCRS 2.0のためのMCAA Addendum(多国間コンピテント・オーソリティ協定 追加合意)に署名し、UAE財務省は2025年11月、CRS 2.0を2027年1月1日から国内施行し、2028年から最初の自動的情報交換を開始する方針を公表しています(PwC解説)。これにより、従来カバーされなかった電子マネー口座やデジタル資産関連の口座も報告対象となります。
日本側でも、暗号資産についてCARF(暗号資産報告枠組み)に従った情報交換を実施する方向で税制改正が行われており、令和8年(2026年)1月1日から国内の暗号資産交換業者等への報告義務が開始し、令和9年(2027年)4月30日が初回報告期限、その後外国税務当局との自動的情報交換が開始される予定です。UAEもCARFを併せて2027年1月1日から実施する旨を公表しています。
実務的に押さえておきたいポイント
第一に、CRSでは「どこの国の税務上の居住者か」が全ての出発点です。日本側では住所・家族の居住状況・職業・資産の所在等を、UAE側では滞在日数や経済的拠点等を基準に居住者を判定するため、双方の国内法と2014年12月24日発効の日UAE租税条約の「居住者」規定を合わせて検討する必要があります。「ドバイに会社を作ったから非居住者」「ドバイに銀行口座があるからUAE居住者」という単線的な判断は税務上危険です。
第二に、ドバイ口座は日本側からも見え得るという前提で考えるべきです。UAEはCRSに参加し、ワイドアプローチを採用し、日本との実施対象国に含まれているため、日本居住者が適切に自己申告を行っている場合、ドバイの口座情報が日本に届く可能性は十分にあります。
第三に、日本側の国内制度との組み合わせを意識することです。移住前後の株式や暗号資産、日本に残した不動産や役員報酬の源泉徴収、日本口座への送金履歴などは、将来の税務調査でも確認されやすいポイントです。
まとめ
- 日本もUAEもCRS枠組みに参加しており、UAEは日本との自動的情報交換の対象国に含まれます。
- ただし国税庁の令和5事務年度資料では、UAEは「日本からCRS情報の提供を行わない25か国・地域」に含まれており、現状はUAE→日本の片方向でCRS情報が流れています。
- UAE側はワイドアプローチで米国・UAE以外の居住地国を持つ口座を原則報告対象とするため、日本居住者がドバイ口座を保有している場合、適切に自己申告していればその情報は国税庁に届く可能性が高いです。
- UAEは2025年8月11日にCRS 2.0のMCAA Addendumに署名し、2027年1月1日施行・2028年初回交換が予定されています。日本もCARFについて令和9年(2027年)から情報交換を開始します。
- 国外財産調書、国外送金等調書、出国税などCRS以外の情報収集制度と組み合わせ、海外資産の「見える化」が大きく進んでいます。
ドバイ移住やドバイ法人設立は、適切に設計すれば国際的にも正当な税務メリットを享受できる可能性がありますが、「ドバイだから日本からは見えない」という前提に立ったスキームは、現在の国際課税の潮流からは完全に外れます。日本とドバイ双方の税務、日UAE租税条約、CRSや今後のCRS 2.0・暗号資産CARFまで含めて総合的に検討する必要があります。
ご自身や自社の状況が上記のどのパターンに当てはまるのか分からない、あるいは過去数年分を含めて整理が必要という場合は、日本側・UAE側双方の税制を踏まえた検討が不可欠です。日本とUAEの税制やCRSの実務に精通した専門家に早めに相談し、移住計画や資産構成、法人スキームを一体で設計していくことをおすすめします。弊所でも、日本側の税理士事務所とも連携しながら、CRSやタックスヘイブン対策税制を踏まえたドバイ移住・法人設立のご相談を承っていますので、個別具体的なご事情がある方は、お気軽にお問い合わせください。
根拠条文・出典
- 所得税法第10条の5・第10条の6(非居住者に係る金融口座情報の自動的交換のための報告制度)、租税条約等実施特別措置法第10条の5・第10条の6
- OECD Common Reporting Standard(CRS)、Multilateral Competent Authority Agreement(MCAA)、Addendum to the MCAA(CRS 2.0)
- UAE Cabinet Resolution No. (9) of 2016、UAE Ministry of Finance CRS Regulations
- 暗号資産等報告枠組み(CARF:Crypto-Asset Reporting Framework)、令和6年度・令和7年度税制改正大綱
- 国税庁「令和5事務年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要」(令和7年1月1日現在)、別紙2
- 日UAE租税条約(2014年12月24日発効)
