ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
ここ数年、ドバイ移住を検討する日本人の方から「暗号資産を持ったまま移住した場合の税務リスク」について相談を受けることが一気に増えています。背景にあるのが、OECDが進める暗号資産版CRSともいえるCARF(Crypto-Asset Reporting Framework)と、日本・UAE双方で進む制度導入の動きです。
一方でインターネット上では「暗号資産もすでに出国税の対象になっている」といった誤解も広がっていますが、結論からお伝えすると正しい情報は次の3点です。
- 現時点の日本の出国税では、暗号資産は対象資産に含まれていない
- しかし暗号資産の国際的な情報交換(CARF)は、日本もUAEも導入に向けて明確に動いている
- 形式だけのドバイ移住や、過去の申告漏れは、今後一気にリスクが顕在化する可能性が高い
1. 暗号資産CRSともいわれるCARFとは何か
従来から、銀行口座や証券口座についてはCRS(共通報告基準)により各国税務当局の間で自動的な情報交換が行われてきました。しかし暗号資産は長らくこの枠組みの外に置かれていました。この空白を埋めるためにOECDが策定したのが、暗号資産に特化した新たな情報交換の枠組みであるCARFです。
CARFは次のような制度です。
- 対象は暗号資産、ステーブルコイン、一定のNFTなどのデジタル資産
- 取引所やカストディアンなどの事業者が、顧客の残高や取引を税務当局に報告
- 税務当局同士が、居住地国の税務当局へその情報を自動的に提供
つまり「暗号資産版のCRS」と考えると分かりやすい流れです。
| 項目 | 従来のCRS | 新しいCARF |
| 主な対象 | 銀行預金、有価証券などの金融口座 | 暗号資産、ステーブルコイン、一定のNFT |
| 情報提供者 | 銀行、証券会社など | 暗号資産交換業者、カストディアンなど |
| 報告される情報 | 口座残高、利子、配当など | 残高、送金・交換・決済などの取引情報 |
| 主な目的 | 富裕層の海外口座の捕捉 | 暗号資産による所得隠しの防止 |
2. UAEと日本のCARF導入スケジュール
次に、UAEと日本がCARFにどのようにコミットしているかを整理します。
UAE(ドバイ)の状況
UAE財務省は2024年11月にCARF実施を正式にコミットし、2025年7月21日にOECDのCARF多国間協定(MCAA)に署名しました。さらに2025年10月には国内コンサルテーションも開始されています。
| 年 | UAE側の動き |
| 2025年 | CARF多国間協定に署名、業界向けコンサルテーション開始 |
| 2026年 | 国内法制化、暗号資産事業者への具体的なルール提示 |
| 2027年 | UAE居住者等の暗号資産取引について本格的なデータ収集が開始 |
| 2028年 | 日本など各国との初回の情報交換が開始される見込み |
つまりドバイの取引所などを利用している場合、数年後にはその情報が居住地国の税務当局へ共有される前提で考える必要があります。
日本の状況
日本では令和6年度税制改正で「非居住者に係る暗号資産等取引情報の自動的交換のための報告制度」が法制化され、令和8年(2026年)1月1日施行、令和9年(2027年)4月30日が初回報告期限として確定しています。日本も2024年11月26日にCARF多国間協定(MCAA)に署名済みです。
- 2026年1月1日 国内の暗号資産交換業者等による居住地国確認・記録義務開始
- 2027年4月30日 暗号資産交換業者等から国税庁への初回報告期限
- 2027年以降 日本の国税庁が他国から暗号資産情報の提供を受ける制度開始
日本側のタイムラインとUAE側の動きが数年ずれを持ちながらも同じ方向に進んでいることがポイントです。
3. 誤解されやすい「出国税」と暗号資産の関係
国外転出時課税制度(出国税)について、改めて正確に整理します。
出国税の対象資産
国外転出時課税制度は、日本の居住者が出国する時点で、一定の資産について「未実現の含み益」に所得税等を課す制度です。現行制度における対象資産は次のように明確に限定されています。
- 有価証券(株式、投資信託、社債など)
- 匿名組合契約の出資持分
- 未決済の信用取引・発行日取引
- 未決済のデリバティブ取引(先物、オプションなど)
所得税法第60条の2に列挙された対象資産には暗号資産は含まれていません。国税庁のパンフレット等でも暗号資産は対象資産として列挙されておらず、現行法ベースでは「暗号資産は出国税の対象には含まれていない」と整理するのが正確です。
なぜ「暗号資産も出国税の対象になる」という話が出るのか
一方で、最近の日本の税制議論では次のような動きがあります。
- 暗号資産を金融商品として再定義する動き(金融商品取引法上の有価証券化)
- 富裕層の移住と暗号資産を組み合わせた節税スキームへの懸念
- 暗号資産の所得分類を雑所得から申告分離課税(20%)へ変更する議論
これらを背景に「将来的に出国税の対象に組み込まれる可能性」が複数の専門家から指摘されています。いつからどのような形で変わるかは未確定ながら、制度改正の有力候補であることは間違いありません。現時点の法令上は暗号資産は出国税の対象外ですが、将来的な税制改正により対象に追加される可能性は高まっているという二段階で整理するのが正確な理解になります。
関連記事:出国税(国外転出時課税)の納税猶予制度を完全解説|要件・担保・最大10年延長とドバイ移住オーナーの実務
関連記事:国外転出時課税の課税シミュレーション【1億円超の非上場株式オーナー向け】
4. CARF導入がドバイ移住に与える実務的な影響
影響1 ドバイ移住後も日本居住者とみなされるリスク
形式的にUAEのビザを取得していても、家族が日本に居住している、日本に自宅を維持している、ビジネスの中心が日本にある、年間の大半を日本で過ごしているといった場合、日本の国内法上は「居住者」と判断される可能性があります。
この状態でドバイや海外取引所を使って暗号資産取引を行い、日本での申告をしていないと、CARFを通じて海外取引情報が国税庁に届き、確定申告書と自動で突合されます。「海外取引所だから見えない」という前提は今後通用しなくなります。
影響2 出国前の申告漏れや過去所得の顕在化
出国税とは別に、出国前の暗号資産取引について申告漏れがあるケースも要注意です。日本居住時の含み益を一部しか申告していない、経費計上の名目で所得を圧縮しているといった取引の痕跡は、海外取引所の履歴やウォレットの送金履歴と突合され、数年遡って把握される可能性があります。CARFの情報交換開始時期と調査の時効(原則5年、重加算税相当の事案で7年)が重なると、過去数年分の取引が一気に問題となるケースも考えられます。
関連記事:移住直前・直後によくある税務トラブル6事例|居住者判定や出国税など税制の落とし穴とその対策
5. UAE側の税務とライセンスの問題
CARFは「情報共有の枠組み」ですが、暗号資産取引そのものについてはUAE側にも独自の規制や税務のルールがあります。
UAE法人でトレードしている場合の法人税
UAEではすでに一律9%の法人税が導入されており、フリーゾーン法人であっても「適格所得」に該当しない収益は課税対象になります。暗号資産の自己勘定トレードは、適切なライセンス取得・規制登録・リスクテイクの実態が論点となり、多くの場合は9%課税の対象となり得る、というのが現地専門家の一般的な見解です。
「ドバイに法人を作れば暗号資産の利益は無税」という認識は、現在の法令や実務からは明確に外れており、法人税・ライセンス双方の観点から慎重な検討が必要です。
VARAライセンスとコンプライアンス
ドバイでは、暗号資産関連の事業はVARA(Virtual Assets Regulatory Authority/ドバイ仮想資産規制当局)管轄のライセンス、またはADGM(アブダビ・グローバル・マーケット)など他エミレーツの規制当局ライセンスの枠組みの中で厳格に監督される方向に進んでいます。
無登録で第三者資産を預かる、助言・運用を行うといった行為は、ライセンス違反やAML規制の観点から重大なリスクを抱えます。ドバイ移住と暗号資産ビジネスを組み合わせる場合には、税務・法務・ライセンスの3つをセットで設計することが不可欠です。
6. CARF情報の流れ
CARF導入後の情報の流れを、ドバイ移住者を想定して整理すると次のようになります。
| 段階 | アクター・内容 |
| ① | 本人 ドバイや海外の取引所で暗号資産取引を行う |
| ② | 暗号資産交換業者 氏名、住所、生年月日、取引履歴、残高などを自国当局に報告 |
| ③ | UAE財務省等 国内事業者から報告を集約し、日本など他国の税務当局へ送信 |
| ④ | 日本の国税庁 受け取ったデータをマイナンバーや過去の確定申告・銀行情報などと突合 |
| ⑤ | リスク検出 申告内容と異なるケースや、不自然な資金移動をAIなどで抽出し調査候補とする |
重要なのは「自国の居住者であるかどうか」の判定は、あくまで各国の国内法で行われるという点です。日本側からあなたが「日本居住者」と判断されれば、ドバイ経由の取引であっても日本での課税対象として扱われる可能性が高いことになります。
7. ドバイ移住者が今から準備すべきこと
生活実態としての「非居住者」要件の確認
形式的なビザや法人設立だけではなく、家族の居住地、住居の状況、主たる仕事の場所、滞在日数などを総合して、日本における「居住者か非居住者か」の判定を慎重に確認することが重要です。単に「ドバイに会社がある」「投資用の口座がある」といった事情だけでは、日本の非居住者とは認められないケースが多く、これが暗号資産取引の課税関係にも直結します。
関連記事:日本の非居住者判定とUAE個人居住者ルールについて徹底解説
過去の取引・申告状況の棚卸し
CARFの初回情報交換が始まる前に、日本居住時代の暗号資産取引の申告状況、出国前後の大口取引などを整理しておくことが安全側の対応につながります。必要に応じ修正申告も含めて専門家と検討する価値があります。
制度改正のスピードを前提にしたプランニング
暗号資産の税制は「現時点では出国税対象外、しかし数年単位で大きく変わり得る」前提で動いています。法改正に対応できる余地を持った資産配分、移住タイミングや実現益の出し方のシナリオ、出国税対象化時の影響試算といった先手の設計が、今後ますます重要になります。
まとめ
暗号資産版CRSともいえるCARFの導入は、ドバイ移住と暗号資産の税務環境を大きく変える転換点になります。現時点の法令上は暗号資産は出国税の対象外ですが、CARFによる国際的な情報交換は2026〜2028年にかけて日本・UAEの双方で本格的に稼働します。形式的な移住や過去の申告漏れは、情報交換開始後に一気にリスクが顕在化することが予想されるため、出国税対象化の可能性も含めて先手の整理を進めることが重要です。
- 現時点の日本の出国税では、暗号資産は対象資産に含まれていない(所得税法第60条の2)
- 将来的に暗号資産が出国税の対象に加えられる可能性は高まっている
- 日本は令和8年(2026年)1月1日からCARF制度施行、令和9年(2027年)4月30日が初回報告期限
- UAEは2025年7月にCARF MCAAに署名、2028年に初回情報交換開始見込み
- 形式的なドバイ移住や過去の申告漏れは、情報交換本格化後にリスクが顕在化
- UAE法人での暗号資産トレードは原則9%のCT課税対象、VARAライセンスも要検討
当会計事務所はドバイ現地の会計事務所として、日本からの移住前の税務シミュレーション、UAEでの法人設計・ライセンス検討、暗号資産を含めた国際税務の整理を一体としてサポートしています。CARF導入が本格化する前のタイミングで、一度ご自身の状況を客観的に棚卸ししておくことをおすすめします。
根拠条文・出典
- 所得税法第60条の2(国外転出時課税制度/出国税)
- 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律(CARF国内実施法)
- 令和6年度税制改正大綱(非居住者に係る暗号資産等取引情報の自動的交換のための報告制度)
- OECD「Crypto-Asset Reporting Framework(CARF)」MCAA(日本2024年11月26日署名、UAE 2025年7月21日署名)
- UAE Federal Decree-Law No. 47 of 2022(法人税法、税率9%)
- Dubai Law No. 4 of 2022 on Regulation of Virtual Assets(VARA設立法)
