ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
2027年(令和9年)1月から、日本で会社を売却するオーナー経営者を直撃する大型増税が始まります。極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置、いわゆるミニマムタックスの強化です。これまで「自分には関係ない」と思っていた中堅企業のオーナー経営者にも影響が及び、M&A売却額が約3.5億円を超えると追加の税負担が発生する時代に突入します。
このミニマムタックスを機に節税移住を検討するオーナー経営者の前には、2つの大きな壁が立ちはだかります。1つ目の壁は出国税(国外転出時課税)、2つ目の壁は事業譲渡等類似株式の源泉地国課税です。本記事ではこの2つの壁の正体と、それぞれの突破方法を整理したうえで、なぜ最終的な出口戦略として香港移住が最適解となるのかを解説します。なお円換算は1 AED = 43円(2026年5月時点参考値)で記載しています。
1. 2027年から始まるミニマムタックス強化とは
令和5年度税制改正で導入されたミニマムタックスは、2025年(令和7年)分の所得から適用が開始された制度です。年間の基準所得金額から特別控除額を差し引いた残額に一定税率を掛けた金額が通常の所得税額を上回る場合、その差額を追加で納付する仕組みになっています。
この制度が、2025年12月19日公表の令和8年度(2026年度)税制改正大綱により、2027年(令和9年)分の所得税から大幅に強化されることが決定しました。
| 項目 | 現行(2025〜2026年) | 改正後(2027年〜) |
| 特別控除額 | 3.3億円 | 1.65億円(半減) |
| 税率 | 22.5% | 30%(7.5ポイント上昇) |
| 計算式 | (基準所得 − 3.3億円)× 22.5% − 通常税額 | (基準所得 − 1.65億円)× 30% − 通常税額 |
| 影響発生の境界線(株式譲渡益のみの場合) | 約10.33億円超 | 約3.37億円超 |
現行制度では総合課税の対象となる所得がなく、所得が株式譲渡益や上場株式配当のみの場合、約10.33億円を超えるまでは追加課税の影響が生じませんでした。しかし2027年改正により、特別控除額が1.65億円に半減・税率が30%に引き上げられた結果、株式譲渡益ベースで約3.37億円〜3.5億円を超えた段階で追加課税が発生するようになります。これは大和総研のミニマムタックス強化に関する分析レポートや複数の専門機関が示す試算と一致しています。
仮にオーナー経営者が自社株売却で5億円の譲渡益を得た場合、2026年までの売却なら合計税負担は約1億157万円ですが、2027年以降の売却では約1億2,550万円となり、約2,400万円の追加負担が発生します。売却額が10億円・20億円と大型化すれば、追加負担は数億円単位に膨らみます。
2. オーナー経営者の前に立ちはだかる2つの壁
このミニマムタックス強化を回避する目的で「節税のために海外移住」を検討する場合、必ず直面するのが次の2つの壁です。両方を同時に解決しなければ、せっかく移住しても税負担を減らせません。
| 壁 | 概要 | 課税のタイミング |
| 第1の壁:出国税 | 有価証券等の含み益に対して出国時点で課税される国内のみなし譲渡課税制度 | 出国時点(含み益が顕在化) |
| 第2の壁:事業譲渡等類似株式 | 非居住者となった後でも、一定要件下で日本法人株式の譲渡益に日本側課税権が残る | 非居住者となった後の株式譲渡時点 |
出国税は移住先がどの国であっても回避できない国内制度であり、移住前に国内で対応する以外に方法がありません。一方、事業譲渡等類似株式の壁は移住先の選び方によって回避できるかどうかが決まります。順に見ていきましょう。
3. 第1の壁:出国税(国外転出時課税)は国内対応しかない
出国税(国外転出時課税)は、出国日時点で対象資産(有価証券・匿名組合契約の出資持分・未決済デリバティブ取引等)の合計時価が1億円以上の居住者が非居住者となる場合に、その含み益に所得税15.315%を課す制度です(国税庁タックスアンサー1478)。
この制度は日本の国内法によるみなし譲渡課税であるため、移住先が香港・UAE・シンガポール・米国いずれであっても回避することはできません。租税条約も基本的にはこの国内法を上書きしません。したがって、出国税の壁は移住前に国内で対応するしか方法がないのが実務的な結論です。国内対応の選択肢は次の3つに整理できます。
対応1:役員報酬・配当による含み益の事前圧縮
出国前に役員報酬や配当として法人から個人へ資金を吐き出すことで、含み益(株式評価額の上昇要因となっている法人内部留保)を圧縮する方法です。法人税・所得税の総合的な税負担シミュレーションが前提となり、退職金支給と組み合わせた退職スキームと比較検討するのが一般的です。役員報酬による圧縮は実行までに時間を要するため、移住予定の2〜3年前から計画的に進める必要があります。
対応2:節税商品による課税の繰延
オペレーティングリース(航空機・船舶・コンテナ等)や中小企業経営強化税制対象資産、不動産任意組合などの節税商品を活用し、出国前年度の法人所得を圧縮することで結果的に株式評価額の上昇カーブを緩めるアプローチです。商品によっては数年単位の課税繰延効果が得られるため、出国税の対象資産評価額そのものを下げる効果が見込めます。ただし、節税商品は出口(リース満了時の益金算入等)で課税が顕在化するため、出口時点の居住地ステータスを併せて設計することが重要です。
対応3:納税猶予制度の活用
出国税は、納税管理人を選任して担保提供を行うことで最長10年(5年+延長5年)の納税猶予を受けることができます。納税猶予期間中に対象資産を譲渡せず日本に帰国すれば、課税は取消しされる仕組みです。M&Aによる株式売却が当面予定されておらず、家族の事情等で一時的に海外居住する場合には有効な選択肢となります。
4. 第2の壁:事業譲渡等類似株式の源泉地国課税
出国税の壁を国内対応でクリアしたとしても、非居住者となった後の株式譲渡で第2の壁に直面します。それが事業譲渡等類似株式の規定です。
日本の国内法上、非居住者が日本法人株式を譲渡しても原則として日本では課税されません。ただし所得税法施行令第281条第1項に列挙される一定の場合には例外的に日本で課税されます。中でもオーナー経営者にとって最大の障壁となるのが事業譲渡等類似株式の規定です。
| 要件 | 内容 |
| 特殊関係株主等の保有割合 | 発行済株式総数の50%以上を特殊関係株主等が保有 |
| 譲渡年以前3年内の保有歴 | 譲渡者を含む特殊関係株主等が25%以上を保有していた時期がある |
| 譲渡年の譲渡割合 | 譲渡年に発行済株式総数の5%以上を譲渡 |
要するに、創業者がM&Aで自社株をまとめて売却するケースのほとんどがこれに該当します。非居住者となっていても、この要件に該当する譲渡は日本で15.315%の所得税が課税されるため、UAEやシンガポールに移住しても譲渡益のほぼ全額が日本で課税対象となり、節税効果は得られません。
| 移住先 | 事業譲渡等類似株式の日本側課税 | 居住地国側の課税 | 実質的な税負担 |
| 香港 | 非課税(協定で居住地国課税) | 原則非課税 | ゼロ円 |
| UAE(ドバイ) | 課税(租税条約あるが居住地国課税の規定なし、国内法適用) | 個人非課税 | 日本で課税 |
| シンガポール | 課税(源泉地国課税) | 原則非課税 | 日本で課税 |
| アメリカ | 非課税 | 連邦キャピタルゲイン税課税 | 米国で課税 |
| イギリス | 課税(源泉地国課税) | 課税 | 両国で課税 |
| 中国 | 課税(源泉地国課税) | 課税 | 両国で課税 |
主要な移住先候補のうち、第2の壁を完全に突破できるのは香港だけです。次の章で、なぜ香港だけが突破できるのかを掘り下げます。
5. 第2の壁を突破できるのは香港だけ
日香港租税協定が事業譲渡類似株式まで居住地国課税
日本と香港の間では、2010年11月9日に租税協定が署名され、平成23年(2011年)8月14日に発効、日本では平成24年(2012年)1月1日から適用が開始されています。我が国の租税条約等の一覧に掲載されているこの協定の第13条(譲渡収益)が、起業家にとって極めて有利な内容になっています。
日香港租税協定第13条6項は、不動産関連株式・破綻金融機関株式・国際運輸関連の船舶/航空機などの個別列挙ケースを除き、株式の譲渡収益は居住地国課税と規定しています。つまり、香港居住者が日本法人株式を譲渡する場合、たとえそれが国内法上の事業譲渡類似株式に該当しても、租税協定により日本では課税されません。これは日UAE租税条約・日シンガポール租税条約・日英租税条約などには存在しない、香港協定独自の極めて有利な規定です。
香港側もキャピタルゲイン原則非課税
香港では、従来からキャピタルゲイン(株式等の売却益)は原則として非課税とされています。これは香港の税制の根本的な特徴であり、株式譲渡益に対するキャピタルゲイン税という概念自体が存在しません。
2023年1月から施行されたFSIE制度(Foreign-sourced Income Exemption)は、多国籍企業グループ(MNE)に属する香港企業が海外源泉所得を受領した場合の課税制度ですが、個人として直接保有している株式の処分益は原則としてFSIE制度の対象外です(個人はMNEに該当しないため)。したがって、個人として香港に移住し日本株式を譲渡する場合、香港側でも課税は発生しません。
日本でも香港でも「ゼロ円課税」という二重非課税
この2つを組み合わせると、香港居住者として日本法人株式を譲渡した場合、日本でも香港でも一切課税されないという結果になります。世界中の主要な移住先の中で、日本でも居住地国でも完全に非課税となるのは香港のみです。アメリカは日本側は非課税ですが米国の連邦キャピタルゲイン税が課税され、UAEやシンガポールは居住地国は非課税ですが日本側で事業譲渡類似株式として課税されます。香港は両方が非課税という、起業家にとって理想的なポジションを唯一占めている移住先です。
5億円売却ケースの節税効果
先ほどの5億円のM&A売却例で考えてみましょう。日本居住者として2027年以降に売却した場合の合計税負担は約1億2,550万円。これに対し、香港居住者として売却すれば税負担はゼロ円です。節税効果は約1億2,550万円。10億円の売却なら約2.5億円、20億円なら約5億円の節税効果が得られる計算になります。香港移住に伴う事務コスト(ビザ取得、住居確保、現地法人設立、税務申告等)と比較すれば、節税メリットは桁違いに大きいことが分かります。
6. 香港移住の実務的な注意点
香港移住による「二重非課税」を実現するには、いくつかの注意点があります。
注意点1:不動産関連法人株式は対象外
日香港租税協定第13条2項では、法人の資産価値の50%以上が日本不動産で構成される場合(不動産関連法人株式)の譲渡益は、日本(不動産所在地国)で課税できると規定されています。具体的には、上場会社の場合は5%超、非上場会社の場合は2%超の保有割合が判定基準となります。日本不動産の比率が高い会社の株式を売却する場合は、別途事前検討が必要です。
注意点2:第1の壁(出国税)の事前対応は必須
香港移住しても出国税は回避できません。前述の通り、役員報酬・配当による事前圧縮、節税商品による課税繰延、納税猶予制度のいずれかを組み合わせて、移住前に国内で対応する必要があります。
注意点3:移住タイミングと非居住者認定
日香港租税協定の特典を享受するには、株式譲渡時点で香港居住者・日本非居住者であることが必要です。移住直後の譲渡や、生活の本拠が日本に残ったままの形式的な移住では、税務当局から非居住者性を否認されるリスクがあります。住居・滞在日数・職業・家族・資産の所在を総合勘案した実質判定が行われるため、生活基盤を香港に移してから一定期間後に譲渡することが望ましく、専門家の事前アドバイスが不可欠です。
注意点4:法人で保有する場合のFSIE制度
個人として直接保有する株式はFSIE制度の対象外ですが、香港法人を介して保有する場合は、2024年1月に拡張されたFSIE制度の経済実体要件・参加免除要件(PwC香港のFSIE解説:保有比率5%以上または取得原価2億香港ドル以上等の参加免除要件)を満たすかどうかの検討が必要です。個人保有とするか法人保有とするかは、譲渡規模・将来再投資計画・相続を含めて総合判断します。
7. 香港移住を検討すべきオーナー経営者像
2027年増税と2つの壁を踏まえ、特に香港移住を真剣に検討すべきオーナー経営者像を整理します。
| タイプ | 該当する状況 |
| M&A出口を控えた創業者 | 自社株売却額が3.5億円以上で、5年以内のEXITを想定している方 |
| 事業承継を検討するオーナー経営者 | 親族外承継・MBO・第三者売却を視野に入れている方 |
| スタートアップの創業株主 | IPO前後で大規模売出しや株式売却が予定されている方 |
| 資産管理会社オーナー | 持株会社や資産管理会社を通じた事業承継再編を検討中の方 |
| アジア事業を展開する経営者 | 中国・東南アジア事業の比率が高く、香港拠点に経済合理性がある方 |
8. 移住スケジュールの目安
2027年1月からのミニマムタックス強化を踏まえると、M&Aを予定している方は逆算でのスケジュール設計が重要です。出国税対策(第1の壁)には複数年の準備期間が必要なため、早期着手が成否を分けます。
| フェーズ | 主な検討事項 |
| 移住24〜36か月前 | 第1の壁対策の着手(役員報酬・配当による含み益圧縮、節税商品の検討) |
| 移住12〜18か月前 | 香港ビザ申請、住居選定、子女の学校手配、国外転出時課税のシミュレーション |
| 移住6〜12か月前 | 日本側の事業引継ぎ、納税管理人選任、国外転出時課税の納税猶予手続き |
| 移住時点 | 日本の住民票除票、住居・家族・資産の本拠地移転、香港での生活基盤確立 |
| 移住後一定期間(実質判定) | 香港での非居住者性確立、香港IRDからの居住者証明取得 |
| M&A実行 | 非居住者として株式譲渡、租税協定適用、日本側への届出書提出 |
まとめ
- 2027年1月のミニマムタックス強化で、株式譲渡益約3.5億円超のM&Aは追加課税の対象
- 節税移住には第1の壁(出国税)と第2の壁(事業譲渡等類似株式)の2つを突破する必要がある
- 第1の壁は移住先を問わず回避不可、役員報酬・配当による圧縮、節税商品による繰延、納税猶予で国内対応する
- 第2の壁は移住先によって突破可否が決まり、UAE・シンガポール・英国・中国では日本側課税が残る
- 日香港租税協定第13条6項により、香港居住者は事業譲渡類似株式でも居住地国課税となり日本で非課税
- 香港側もキャピタルゲイン原則非課税、個人保有なら2024年拡張後のFSIE制度も対象外
- 結果として日本でも香港でも「ゼロ円課税」という二重非課税が合法的に実現可能
- 不動産関連法人株式(資産50%以上が日本不動産)は協定例外で日本側課税が残る点に注意
- 非居住者性は住居・滞在日数・職業・家族・資産の所在の実質判定、移住後一定期間の経過が望ましい
- 2027年増税に間に合わせるには2026年中の準備着手がベストタイミング
当会計事務所では日本側の税理士事務所と連携しながら、香港・ドバイ・日本の三国構造を踏まえた最適なソリューションをご提案しています。M&A・事業承継・国際移住をお考えの方は、当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。
根拠法令・参考資料
本記事の主な根拠法令・公的資料は以下のとおりです。
- 極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置(タックスアンサー1471)(租税特別措置法第41条の19、ミニマムタックス)
- 国外転出時課税制度(タックスアンサー1478)(所得税法第60条の2)
- 令和8年度(2026年度)税制改正大綱(財務省)(特別控除1.65億円・税率30%への改正)
- 所得税法施行令(e-Gov 法令検索)(第281条第1項:事業譲渡類似株式・不動産関連法人株式等)
- 日本国政府と中華人民共和国香港特別行政区政府との間の租税協定署名(財務省)(2010年11月9日署名、2011年8月14日発効、日本側適用:2012年1月1日)第13条
- 我が国の租税条約等の一覧(財務省)
- Foreign-sourced Income Exemption Regime(香港IRD)(Inland Revenue (Amendment) (Taxation on Specified Foreign-sourced Income) Ordinance 2022、2023年1月1日施行/Inland Revenue (Amendment) (Taxation on Foreign-sourced Disposal Gains) Ordinance 2023、2024年1月1日施行)
- FSIE Regime(PwC香港解説)
- ミニマムタックス強化に関する分析(大和総研レポート)
本記事は2026年6月時点で公表されている法令・通達・公的資料に基づき作成しています。個別事案への適用は事実関係により異なるため、実際の手続きにあたっては税務署または専門家へご相談ください。
