ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
ドバイ移住をご検討の方から当会計事務所に寄せられるご相談の中で、ここ最近特に増えているのが住民票を抜かずにドバイに住めば、両方のメリットを享受できるのではないかというお問い合わせです。
具体的には、日本側では国民健康保険を維持し、必要に応じて医療サービスを受けながら、税務上はドバイで非居住者として優遇税制の恩恵を受けたい、というご相談です。一見すると合理的に見えるこの考え方ですが、結論を先に申し上げると、税務上の取扱いと住民登録は別の制度であり、住民票を残したまま非居住者と認定される余地はあるものの、極めて高いリスクを伴うというのが正確な答えとなります。
本稿では、住民票と非居住者判定の関係を法令と実務の両面から整理したうえで、住民票を抜かずにドバイで非居住者として扱われるための条件と、それでも残る重大なリスクについて解説します。
住民票と税務上の居住者判定は別の制度
最初に明確にしておくべき重要なポイントは、住民票(住民基本台帳)の制度と、所得税法上の居住者・非居住者の判定は、それぞれ独立した別の制度であるという点です。両制度の概要を整理すると次のとおりです。
住民票制度と税務上の居住者判定の違い
| 区分 | 根拠法 | 管轄 | 判定基準 |
| 住民票(住民基本台帳) | 住民基本台帳法 | 市区町村 | 生活の本拠と推定される居住の実態 |
| 居住者・非居住者の区分 | 所得税法 | 国税庁・税務署 | 国内に住所(生活の本拠)または1年以上の居所を有するか |
国税庁のタックスアンサーでも、「『住所』は『個人の生活の本拠』をいい、『生活の本拠』かどうかは『客観的事実によって判定する』」と整理されており、住民票の有無は判定要素の一つにすぎないとされています(国税庁タックスアンサーNo.2875「居住者と非居住者の区分」)。つまり、論理的には次の組み合わせがすべて成立しうる構造になっています。
- 住民票あり、税務上は居住者(通常のパターン)
- 住民票なし、税務上は非居住者(通常のドバイ移住パターン)
- 住民票あり、税務上は非居住者(本記事のテーマ)
- 住民票なし、税務上は居住者(住民票だけ抜いても実態が日本にある場合)
税務上の住所の判定基準
税務上の居住者・非居住者の判定で最も重要となる「住所」の概念は、所得税法に明確な定義はなく、民法の住所の概念(民法22条「各人の生活の本拠」)を借用しています(本町国際綜合法律事務所)。
最高裁判所も、所得税法上の住所について、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指し、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって判定するとしています(最二小判平成23年2月18日)。具体的な判定要素として、所得税基本通達や判例で整理されているのは次の項目です。
税務上の住所判定の主な要素
| 判定要素 | 内容 |
| 滞在日数 | 日本とドバイのそれぞれにおける年間滞在日数 |
| 住居 | 日本とドバイのそれぞれにおける居住用住居の有無、利用実態 |
| 職業 | 主たる職業と勤務地、業務遂行の拠点 |
| 生計を一にする親族の居所 | 配偶者・子の居住地 |
| 資産の所在 | 不動産、預金、有価証券等の所在 |
| 国籍 | 国籍の保有状況 |
| その他 | 公的書類上の住所、各種登記、宣誓内容など |
これらの要素を総合的に勘案して「生活の本拠」がどこにあるかを判定する、という構造です(国税庁タックスアンサーNo.2010「納税義務者となる個人」)。
住所の推定規定
所得税法施行令第14条・第15条には、住所の推定規定が置かれています。これは判定要素を立証することが困難な場合に、一定の事実関係から住所の所在を推定する規定です。
国内住所と推定される場合(施行令第14条1項)
- 国内において継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合
- 日本の国籍を有し、かつ、国内に生計を一にする配偶者その他の親族がいる場合、その他職業や資産の有無等の状況に照らして国内に継続して1年以上居住するものと推測するに足りる事実がある場合
国外住所と推定される場合(施行令第15条1項)
- 国外において継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合
- 外国の国籍を有しまたは外国の永住権を有する者で、かつ、国内に生計を一にする配偶者その他の親族がいないこと、その他職業や資産の有無等の状況に照らして日本に帰国し主として日本に居住するものと推測するに足りる事実がない場合
ドバイ移住者の場合、ゴールデンビザを取得してUAEで継続して1年以上居住することを通常必要とする職業(ドバイ法人での経営、コンサルティング業等)に従事していれば、施行令第15条1項により国外住所と推定される構造が成り立ちます。
住民票を抜かずに非居住者になることの理論的可能性
ここまでの整理を前提とすると、住民票を抜かずにドバイで非居住者と認定される理論的な可能性は、次のとおり存在します。ドバイで継続して1年以上居住することを通常必要とする職業(ゴールデンビザ+ドバイ法人経営など)に従事し、かつ次の事実関係が積み重なれば、住民票が残っていても税務上は非居住者と判定される余地があります。
非居住者性を裏付けるために整備すべき事実
| 整備すべき事実 | 内容 |
| ドバイでの居住実態 | UAE居住ビザの取得、ドバイのアパート賃貸契約または購入、年間180日以上のドバイ滞在 |
| ドバイでの職業 | ドバイ法人の代表取締役就任、ドバイ法人での業務遂行 |
| ドバイでの生活インフラ | ドバイの銀行口座、Emirates ID、健康保険、運転免許証等 |
| 家族の居住地 | 配偶者・子もドバイに居住していることが望ましい |
| 日本側資産の縮小 | 日本に投資用以外の自宅・家財を継続保有していないこと |
実際に、海外赴任者で住民票を抜かずに非居住者として扱われている事例は多数あります(一定の海外勤務に伴うケース)。理論的には、自営業者・経営者であっても、同様の事実関係を整えれば住民票を抜かずに非居住者となる余地はあると整理されます。
住民票を抜かないことによる重大なリスク
しかしながら、実務的には住民票を抜かずに非居住者として扱われることを目指す戦略には、極めて重大なリスクが伴います。当会計事務所としては、住民票は原則として転出届を提出して抜くことを強く推奨しています。リスクを具体的に整理します。
リスク1 税務署からの居住者認定リスクが格段に高まる
税務調査において、税務署はまず住民票の所在を出発点として居住地を確認します。住民票が日本にある状態は、それだけで「日本に住所がある」との推定を働かせる材料となり、納税者側が「実態としてはドバイに生活の本拠がある」ことを積極的に立証する必要が出てきます。
立証の難易度は、住民票を抜いている場合と比べて格段に高くなります。住民票を残しながら非居住者と主張する場合、税務署からは形式的にも実態的にも日本に住所がある証拠の一つとして住民票の存在が指摘され、これに対して全力で反論する立場に立たされます。
リスク2 所得税と住民税の課税関係の矛盾
住民票を残したまま非居住者として申告する戦略には、所得税法と地方税法(住民税)で居住者判定の基準が事実上異なる結果、納税者自身が矛盾した立場に置かれるという構造的な問題があります。
所得税は生活の本拠(住所)の実態に基づく判定であるため、住民票を残したままでもドバイに生活の本拠を移していれば非居住者として申告することが理論上可能です。一方、住民税(地方税法第294条)は、当年1月1日時点で住民基本台帳に記録されている者に対して、その市区町村が前年の所得を課税ベースとして課税する仕組みです。つまり、住民票が残っている限り、所得税で非居住者を主張していても、住民税の世界では引き続き居住者として扱われ、申告納税義務が生じる場合があります。
| 税目 | 判定基準 | 住民票を残した場合の取扱い |
| 所得税 | 生活の本拠(実態判定) | ドバイに生活の本拠があれば非居住者として申告 |
| 住民税 | 1月1日時点の住民基本台帳の記録 | 住民票がある限り居住者として課税 |
| 国民健康保険料 | 住民票上の住所地 | 前年所得に基づき継続課税 |
この矛盾は、税務署が居住者認定に動く際の有力な攻撃材料となります。「住民税は居住者として納めているのに、所得税だけ非居住者というのは整合性に欠ける」との指摘を受けやすく、納税者は所得税の非居住者性をより一層強く立証する立場に追い込まれます。また、国民健康保険料は前年所得(出国前年の日本での所得)を基準に算定されるため、移住直後は相当の負担となり、住民税と合わせて経済的なメリットも大きく減殺されます。
リスク3 職権消除のリスク
市区町村は、住民登録の実態がないと判断した場合、職権で住民票を消除する権限を有しています(住民基本台帳法第8条、住民基本台帳事務処理要領)。実態としてドバイで1年以上居住しているにもかかわらず住民票を残している場合、市区町村の調査により実態がないと判断されると、遡って職権消除が行われる可能性があります(プライムパートナーズ税理士法人解説)。職権消除が行われると、過去に遡って住民登録が無効となるため、国民健康保険の利用が遡って無効となり、これまでに保険給付を受けていた場合は給付金の返還を求められる可能性があります。
リスク4 ドバイ側のタックスレジデンス認定への影響
UAEではタックスレジデンスの認定にあたって、UAEに生活の中心があることを示す必要があります。日本に住民票が残っている事実は、UAEのタックスレジデンス認定にも悪影響を及ぼす可能性があります。具体的には、UAEのタックスレジデンス証明書(Tax Residency Certificate)の取得申請において、申請者がUAEに生活の本拠を持つことを示す書類提出を求められた際、日本側の住民登録が残っている事実が問題視される可能性があります。
リスク5 日本国内不動産取引・登記等での実害
日本に住民票が残っていることで、次のような形式的なメリットが享受される一方、それが実害となる場面があります。
| 場面 | 影響 |
| 日本での不動産取引 | 居住者として取引した場合、その後の税務調査で居住者性が争われた際の不利な材料となる |
| 印鑑証明書取得 | 居住者として印鑑証明書を取得した記録が残る |
| 銀行口座の継続利用 | 居住者向け口座の継続が、居住者性の傍証となる |
これらの行為は、日本の非居住者として申告している状況と整合しないため、税務調査時に居住者と再認定されるリスクを高めます。
住民票を残さずに健康保険を維持する選択肢
「住民票を抜くと国民健康保険が使えなくなる」という不安が、住民票を残したい動機の中核にあります。この点について、住民票を抜いたうえで日本帰国時の医療をカバーする現実的な選択肢を整理します。
選択肢1 国際旅行保険・海外駐在員保険
ドバイ移住後、日本帰国時を含めた医療リスクをカバーするための国際旅行保険や、海外駐在員向けの民間医療保険を活用する選択肢があります。
| 種類 | 特徴 |
| グローバル医療保険 | UAEを含む世界中で医療カバー、日本帰国時もカバー対象 |
| 短期渡航時の旅行保険 | 日本帰国の都度加入する短期保険 |
選択肢2 一時帰国時の自由診療
短期間の帰国であれば、必要に応じて自由診療を選択するという考え方もあります。健康診断や軽い医療であれば、自由診療でも大きな負担にならないケースもあります。
選択肢3 一時的な住民票復活
健康診断や手術等の計画的な医療を日本で受ける場合、医療目的での一時帰国時に転入届を提出して住民票を一時的に復活させ、必要な医療を受けた後に再度転出届を提出する、という運用も理論上は可能です。ただし、頻繁な転入・転出は税務上の居住者性判定で不利に働く可能性があるため、慎重な検討が必要です。
選択肢4 ドバイ側の医療制度活用
ドバイには国際水準の医療機関が多数存在し、Emirates IDで受診できる公的医療制度(DHA Sehaty)や、優良な民間医療保険が整備されています。多くのドバイ移住者は、現地での医療を主軸に据え、日本での医療を例外的位置づけとする方針を採用されています。
実務上の結論と推奨
住民票を抜かずにドバイで非居住者として扱われることが法令上は不可能ではないものの、実務上は次の理由から住民票を転出届を提出して抜くことを強く推奨します。
住民票を抜くことを推奨する理由
| 推奨理由 | 内容 |
| 税務リスクの最小化 | 住民票を抜くことで居住者認定リスクを大幅に低減 |
| 立証負担の軽減 | 非居住者であることの立証が圧倒的に容易になる |
| UAE側との整合性 | UAEタックスレジデンス認定との整合性確保 |
| 住民税・健保料の節減 | 住民票除票により住民税・国保料負担を解消 |
| 道義的問題の回避 | 制度の趣旨に沿った正しい運用 |
医療面の不安については、上記で整理した代替手段(グローバル医療保険、UAE医療制度、自由診療など)で十分にカバー可能です。
まとめ
📋 今回のポイント
- 住民票と所得税法上の居住者・非居住者判定は別の制度
- 「住民票あり、税務上は非居住者」は理論的には成立しうるが立証負担が極めて重い
- 住民票を残すと税務署の居住者認定リスク、住民税・国保料の継続課税、職権消除リスクが発生
- UAEタックスレジデンス認定にも悪影響を及ぼす可能性
- 日本国内の不動産取引・印鑑証明・銀行口座は居住者性の傍証となるリスクあり
- 医療面はグローバル医療保険・UAE医療制度・自由診療で十分にカバー可能
- 転出届を提出して住民票を抜き、税務上もきれいに非居住者として扱われる形を整えることを強く推奨
当会計事務所はドバイ現地の会計事務所として、住民票の取扱い、転出届のタイミング、国外転出時課税の対応、UAEタックスレジデンス取得のサポート、納税管理人の選任まで、ドバイ移住に伴う一連の手続きを一貫して支援しています。住民票を残すべきか抜くべきかの個別判断には、ご家族の状況・資産構成・移住スケジュールの精査が不可欠ですので、お早めのご相談をおすすめします。
本記事の主な根拠法令・出典
