ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
ドバイへの移住をご検討の方から、当会計事務所へ寄せられるご相談のなかで、意外と見落とされているのがNISA口座の扱いです。長年かけて積み上げた新NISAの含み益を、海外移住後もそのまま非課税で運用し続けられると考えていらっしゃる方が少なくありません。ところが実際には、自己都合による海外移住では、原則としてNISAを持ったまま出国することはできません。さらに資産1億円以上の富裕層の場合は、いわゆる出国税(国外転出時課税)との二重の関門が待ち構えています。今回はドバイ移住を前提に、NISAと出国税がどう絡み合うのかを、国税庁の公式Q&Aをもとに整理してまいります。
NISAを持ったまま出国できるのは転勤者だけ
まず押さえていただきたい大前提があります。海外へ転出する場合にNISA口座を継続できる制度は存在しますが、その対象は極めて限定的です。国税庁の国外転出時課税制度の解説や証券各社の運用によると、NISA口座を維持したまま出国できるのは、勤務先からの転任の命令等によって一時的に出国する給与所得者に限られます。この場合は出国日の前日までに継続適用届出書を提出することで、口座そのものは維持されます。
問題は、ドバイ移住を検討される方の多くが、この要件に当てはまらないという点です。ご自身で事業を営む方や、生活の拠点そのものを海外へ移す自己都合の移住は、転任の命令等には該当しません。自己都合の移住では、NISAを持ったまま出国することはできないのです。
出国届出書を出すとどうなるのか
自己都合で移住する場合は、出国届出書を出国日の前日までに提出することになります。この届出書を提出すると、NISA口座は使えなくなり、口座内の商品は特定口座または一般口座へ払い出されます。ここで重要になるのが取得価額の付け替えです。払い出された時点の終値が、新しい取得価額として設定されます。
たとえば取得価額100万円で購入した投資信託がNISA口座内で180万円まで値上がりしていた場合、払い出し時に取得価額が180万円へ付け替わります。この80万円の値上がり分には課税されません。以後は180万円を起点として、そこから上がった分だけが将来の課税対象となります。NISAで積み上げた含み益そのものに税金がかかるわけではない点は、正しく理解しておく必要があります。
| 出国の理由 | 提出書類 | 提出期限 |
| 転任の命令等で一時的に出国 | 継続適用届出書 | 出国の日の前日まで |
| 自己都合による移住 | 出国届出書 | 出国の日の前日まで |
資産1億円以上なら出国税との二重の関門
ここからがドバイ移住を検討される資産保有者にとって、より深刻な論点になります。NISAの払い出しとは別に、いわゆる出国税(国外転出時課税)という制度が立ちはだかるためです。この制度は、出国時に1億円以上の有価証券等を保有している一定の居住者が国外転出する場合、その含み益に対して所得税を課すものです。
そして見落とされがちなのが、国税庁の国外転出時課税制度のルールとNISAの関係です。国税庁の通達には、出国税(国外転出時課税)の対象となる方は、そもそもNISAの継続適用届出書を提出できないと明記されています。つまり資産1億円以上でNISAを保有している方は、NISA口座の払い出しと出国税の申告という、二つの手続きを同時に検討しなければならないのです。
出国税の対象になる資産の範囲
出国税の対象となる有価証券等には、上場株式、非上場株式、投資信託、公社債、匿名組合契約の出資持分などが含まれます。現金や不動産そのものは対象外ですが、証券口座の残高や自社株を含めて1億円以上になる方は少なくありません。課税される税率はおおむね20%程度で、内訳は所得税15%と復興特別所得税を含む水準になります。
納税資金が不足する場合に備えて、担保の提供と納税管理人の届出を行うことで、原則5年間、延長により最長10年間の納税猶予を受けられる制度も用意されています。NISA口座の払い出しと出国税の猶予申請は、いずれも出国日の前日までという極めて短い期限で動く必要があるため、移住スケジュールの逆算が欠かせません。
ドバイ移住後にNISA口座で本当に困ること
NISAとドバイ移住をめぐる誤解のなかで、当会計事務所が最も強調したいのは、本当の落とし穴は税金ではなく口座の凍結だという点です。多くの方が税負担ばかりを気にされますが、実務で困るのは払い出された先の特定口座や一般口座を、非居住者になった後は動かせなくなるケースです。
証券会社によっては、非居住者となった顧客に対して売却すら認めない運用をしているところがあります。この場合、出国前に売却しておかなければ、ドバイ移住後は含み益を抱えたまま身動きが取れなくなります。まずご自身が利用されている証券会社が、非居住者に何を許容するのかを事前に確認することが、何よりも重要になります。
ドバイ在住者にとっての税務上の位置づけ
ドバイのあるUAEには個人の所得税がありません。したがって出国後に日本の上場株式や投資信託を売却しても、日本の非居住者に対する課税ルールでは、原則として日本でも課税されず、UAE側でも所得税は生じないという結果になり得ます。国税庁のタックスアンサーによると、恒久的施設を持たない非居住者の株式譲渡で日本の課税対象になるのは、買い集めによる譲渡や事業譲渡類似の譲渡など限られた類型のみとされています。
ただしここにも注意点があります。ご自身が発行会社の株式を25%以上保有している場合には、事業譲渡類似株式に該当し、非居住者となった後の売却でも日本で課税される余地があります。ドバイ移住によって単純にすべての株式譲渡益が非課税になるわけではない点は、正しく理解しておく必要があります。
よくある間違い
NISAとドバイ移住をめぐって、当会計事務所がご相談のなかで頻繁に目にする誤解を整理いたします。いずれも移住後に取り返しがつかなくなる論点ばかりですので、出国前に必ず確認しておいてください。
NISAの含み益に課税されると思い込む
NISA口座の払い出しでは、含み益そのものに課税されるわけではありません。払い出し時の終値が新しい取得価額に付け替わるため、それまでの値上がり分は課税されずに引き継がれます。慌てて出国前に売却する必要はなく、むしろ売却できずに困る証券会社の運用のほうが実務上は深刻です。
住民票を抜けばNISAを継続できると考える
住民票を海外へ移しただけでNISAを維持できるわけではありません。継続適用届出書は転任の命令等による一時的な出国に限られ、自己都合の移住は出国届出書の提出により課税口座へ払い出されます。手続きを怠ると、無届出のまま非居住者となり、後日のトラブルにつながります。
出国税とNISAを別々に考える
資産1億円以上の方は、NISAの払い出しと出国税の申告を一体で考える必要があります。出国税の対象者はNISAの継続適用届出書を提出できないため、両方の手続きが同じ出国日の前日という期限で重なります。移住スケジュールを逆算し、専門家と早めに準備を進めることが不可欠です。
まとめ
📋 今回のポイント
- NISA継続は転任の命令等による一時出国者に限定
- 自己都合の移住は出国届出書で課税口座へ払い出し
- 払い出し時に取得価額が終値へ付け替わり含み益は非課税
- 資産1億円以上は出国税との二重の関門
- 出国税対象者はNISA継続適用届出書を提出不可
- 本当の落とし穴は税金より非居住者の口座凍結
当会計事務所は、ドバイ移住を検討される日本の資産保有者に対し、NISA口座の払い出しから出国税の納税猶予申請、非居住者となった後の証券口座の扱いまで、出国前の逆算スケジュールを含めて一貫してサポートしています。移住のタイミングや証券会社ごとの運用によって最適な手順は大きく変わりますので、ご自身のケースでどう備えるべきか、当会計事務所までお気軽にお問い合わせください。
根拠条文・出典
- 国税庁 国外転出時課税制度 – 出国税の対象者・対象資産・納税猶予の概要
- 国税庁 No.1468 相続又は遺贈により非居住者に資産が移転した場合 – 非居住者の株式譲渡課税の範囲
- 租税特別措置法 第37条の14(非課税口座内の少額上場株式等に係る配当所得等の非課税措置)
- 所得税法 第60条の2(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例)



