ドバイ在住の日本人公認会計士・岡本信吾です。
ドバイへの移住を検討される方の中には、相続税や贈与税の優遇を期待されている方が非常に多くいらっしゃいます。確かにUAEには相続税・贈与税が存在せず、資産の世代間移転の自由度が極めて高い地域です。しかし、日本国籍を保有したままドバイへ移住しただけでは、日本の相続税・贈与税の課税を完全に回避することはできません。
本稿では、ドバイ移住と日本の相続税・贈与税の関係について、実務上のポイントを「10年ルール」と「国外転出時課税(出国税)」を中心に整理して解説します。
1. 日本における居住者・非居住者の定義と「住所」の判定
相続税・贈与税の課税範囲を理解する出発点は、日本の税法上の「居住者」「非居住者」と、その前提となる「住所」の概念です。
所得税法上、居住者とは国内に住所を有する者、または現在まで引き続き1年以上居所を有する個人と定義されています(国税庁タックスアンサーNo.2010「納税義務者となる個人」)。
ここで重要なのは、「住所」が単なる住民票や所在地ではなく、その個人の生活の本拠がどこにあるかという実態判断であるという点です。最高裁判所も「生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定される」と判示しており、単に出国して日が浅いだけでは非居住者として認定されません。
住所の判定にあたっては、職業、資産の所在地、配偶者や子供の同居の有無、滞在日数、国籍などの要素が総合的に考慮されます。ドバイ移住直後であっても、日本での職業や資産が大きく、家族が日本に残っているといった状況では、税務当局から「生活の本拠はまだ日本にある」と判断される可能性があります。
非居住者該当性そのものについては、関連記事も併せてご確認ください。
2. 相続税の無制限納税義務者と制限納税義務者
相続税の課税関係は、所得税の居住者・非居住者とは別の枠組みで判定されます。相続税法上、納税義務者は次の2つに大別されます(相続税法(昭和25年法律第73号) 第1条の3・第1条の4)。
無制限納税義務者と制限納税義務者の違い
| 区分 | 課税対象財産 | 該当する主なケース |
| 無制限納税義務者 | 全世界の財産 | 被相続人または相続人が日本居住者、もしくは10年ルール抵触の日本国籍者 |
| 制限納税義務者 | 日本国内財産のみ | 被相続人・相続人いずれも10年超日本に住所を有していない日本国籍者など |
つまり、無制限納税義務者に該当すれば、ドバイにある預金や有価証券、不動産であっても日本の相続税の課税対象となります。一方で制限納税義務者であれば、課税は日本国内財産に限定されます。ドバイ移住で相続税の軽減効果を得るためには、まずこの「制限納税義務者」に該当する状態を作り出すことが出発点です。
3. 10年ルールの重要性
相続税・贈与税で最も誤解が多いのが、いわゆる「10年ルール」です。
現行制度では、被相続人・相続人ともに日本国籍を有し、相続開始前10年以内に日本に住所を有していた期間がある場合、たとえ相続開始時点で双方が国外に居住していても、全世界の財産が日本の相続税の課税対象となります(国税庁タックスアンサーNo.4138「相続人が外国に居住しているとき」)。
贈与税についても同様の10年ルールが適用されます(国税庁タックスアンサーNo.4432「受贈者が外国に居住しているとき」)。
10年ルールの基本構造
- 判定対象:被相続人(贈与者)と相続人(受贈者)の双方
- 起算点:相続開始日または贈与日
- 判定期間:直前10年以内に日本に住所を有していた期間の有無
- 効果:いずれかが10年以内に日本住所ありの日本国籍者なら、全世界財産が課税対象
日本国籍を維持したままドバイへ移住した場合、相続税・贈与税の課税範囲を「日本国内財産のみ」に限定するには、被相続人・相続人いずれもが10年超にわたって日本に住所を有しないことが必要となります。ドバイ移住の翌年に贈与を行ったとしても、原則として10年ルールから外れていないため、世界中の資産が日本の課税対象となります。
贈与税における「一時居住者」の概念
贈与税には「一時居住者」「一時居住贈与者」という独自の概念があります。在留資格をもって一時的に日本に滞在する外国籍の者と日本国籍を有しない者との間の贈与については、国外財産が課税対象から除外される取扱いとなりますが、日本国籍者については一時居住者の特例の対象外です。日本国籍を保有したままのドバイ移住では、この特例による恩恵は受けられない点に注意が必要です。
4. 国外転出時課税制度(出国税)との関係
ドバイ移住を検討される方の多くが見落としがちなのが、相続税・贈与税とは別軸で課される国外転出時課税制度(いわゆる出国税)です。
所得税法上、出国時点で時価1億円以上の有価証券等を保有する一定の居住者については、出国時に未実現の含み益に対して所得税が課税されます(国税庁タックスアンサーNo.1923「国外転出時課税制度」)。
国外転出時課税の主な要件
- 対象資産:上場・非上場株式、投資信託、匿名組合出資など
- 金額要件:対象資産の時価合計1億円以上
- 居住要件:出国前10年以内に日本国内に5年超住所または居所を有していた者
- 課税方式:未実現の含み益に対する所得税課税(納税猶予制度あり)
ドバイ移住によって相続税・贈与税の負担を軽減しようとする場合でも、出国の瞬間に1億円超の有価証券を保有していれば、移住「前」に多額の所得税が発生する可能性があります。相続税対策と国外転出時課税の双方を視野に入れた事前設計が不可欠です。
5. ドバイでの資産移転と日本の税務判断
移住後にドバイ国内で行われた資産移転であっても、日本の課税権から完全に切り離されるわけではありません。被相続人または相続人(受贈者)が10年ルールに該当する状況であれば、ドバイ国内で完結する贈与・相続であっても全世界財産が日本の課税対象となります。
また、相続税・贈与税の「住所」判定は所得税のそれと密接に連動しつつ、相続税法独自の判断要素も加味されます。出国タイミングや家族の生活実態の整理は、相続税・贈与税の課税範囲を確定させる極めて重要な論点です。
個人から法人への不動産移転リスク
移住に伴って日本国内の不動産を個人所有から日本法人へ移転するケースもありますが、低額譲渡と認定されれば「みなし贈与」「受贈益課税」の対象となります。さらに、その日本法人の株式は依然として日本国内財産として相続税・贈与税の課税対象に残り続けます。形式的なスキームでは想定した効果が得られないことが多いため、十分な事前検証が必要です。
6. 非居住者となった場合の実務上の対応
無事に非居住者と認定された後も、日本側の税務手続は完全に終わるわけではありません。
納税管理人の選任と届出
日本国内に申告・納税義務のある資産(不動産、株式、年金等)を有する非居住者は、納税管理人を選任して税務署へ届け出る必要があります。これにより、源泉徴収や確定申告の窓口を国内に確保することができます。
国外財産調書の提出義務
居住者については、その年の12月31日において合計5,000万円超の国外財産を有する場合、翌年3月15日までに国外財産調書を所轄税務署へ提出する義務があります(国税庁「国外財産調書」案内)。
ドバイ移住の前年までは居住者として国外財産調書の提出義務が残ります。提出漏れがある場合、加算税の加重・軽減のほか、税務調査において過去の海外資産管理姿勢が厳しく問われます。
7. ドバイ移住前に必ず確認すべき事項
ドバイ移住によって相続税・贈与税の優遇を実現するには、移住前の段階で次の事項を整理しておく必要があります。
移住前チェックリスト
- 過去10年以内の日本における住所期間の整理
- 被相続人・相続人候補それぞれの国籍と居住予定地
- 配偶者・子など生計を共にする家族の居住地
- 日本における職業・事業の継続予定の有無
- 日本国内に残す資産(不動産・法人株式・年金等)の整理
- 移住時点で保有する有価証券等の時価合計(1億円基準)
- 国外財産調書の提出履歴
これらを整理した上で、国際税務に精通した専門家と移住スキーム全体を設計することが、税務リスクを最小化する最も確実な方法です。
まとめ
📋 今回のポイント
- UAEに相続税・贈与税はないが、日本国籍維持のままの移住では日本側の課税権は残る
- 10年ルールにより、被相続人・相続人の双方が10年超日本に住所を有しない状態が必要
- 贈与税の「一時居住者」特例は日本国籍者には適用されない
- 1億円超の有価証券保有者は、移住時点で国外転出時課税(出国税)の対象となる
- 非居住者となった後も、納税管理人選任と国外財産調書の取扱いに留意が必要
当会計事務所はドバイ現地の会計事務所として、日本人個人事業主・法人オーナーのドバイ移住に伴う相続税・贈与税対策、国外転出時課税のシミュレーション、移住前後の税務手続を一貫してサポートしています。10年ルールや出国税の論点が絡むケースでは、移住前の早い段階でのご相談をおすすめします。
